変わってやる

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その日、俺は普通に会社で仕事を終えて帰宅した。家に着いたのは夜の九時過ぎだった。特に何か変わったことがあったわけではない。ただの平日、いつも通りの残業で少し疲れていただけだ。

玄関のドアを開けると、家の中は真っ暗だった。妻は友達と食事に行くと言っていたし、子供たちもそれぞれの部屋にいるだろうと思った。俺は靴を脱ぎ、リビングに入った。電気をつけて、ソファに腰を下ろす。少しだけニュースを見るつもりだった。

テレビのリモコンを手に取り、ニュースチャンネルをつけると、急に耳鳴りがした。テレビから流れるアナウンサーの声が遠く聞こえ、次第に頭がぼんやりとしてきた。まるで、重い霧が頭の中に入り込んでくるような感覚だった。

「…何だ…?」

俺は首を振り、目をこすった。だが、視界は相変わらずぼやけている。テレビの音も、次第に途切れ途切れになっていく。突然、携帯電話が鳴った。ポケットから取り出し、画面を見ると、妻からの着信だった。

「もしもし?」

電話に出ると、妻の声が聞こえた。しかし、その声はどこか不安げで、震えているようだった。

「ねえ、あなた、今どこにいるの?」

「どこにって…家にいるよ。リビングでテレビを見てる。どうしたんだ?」

一瞬、沈黙があった。妻は深呼吸をする音が聞こえ、次に言った言葉は俺を凍りつかせた。

「家にいるって…本当に?だって、私は今、子供たちと一緒にリビングにいるのよ。あなたなんていないわ」

「え?」

信じられなかった。俺は確かに家にいて、リビングにいる。だが、妻の声は本気だった。俺は急いで立ち上がり、リビングのドアを開けた。廊下は真っ暗で、静まり返っている。子供たちの部屋からも、何の音もしない。

「待ってくれ…今すぐそっちに行く」

俺は電話を持ったまま、二階へと向かった。階段を上がると、子供たちの部屋のドアが半開きになっている。俺はドアを開け、部屋を覗いた。そこには誰もいなかった。

「おい、冗談だろ?」

俺は声を上げ、家中を探し始めた。しかし、どこにも妻や子供たちの姿はない。リビングに戻ると、テレビの画面はノイズに変わっていた。まるで、何かが干渉しているかのように。

再び携帯を耳に当てると、妻の声が聞こえた。しかし、その声は今度は遠く、途切れ途切れだ。

「…あなた、どこにいるの…?早く…早く来て…」

電話が切れた。俺は頭を抱え、必死に考えた。これは一体どういうことなのか。確かに俺は家にいる。だが、妻も子供たちもいない。そして、妻も俺がいないと言う。

その時、玄関の方から音がした。誰かがドアを開ける音だ。俺は急いで玄関に向かった。ドアの向こうには、俺の姿が映っていた。だが、それは鏡ではなかった。俺と全く同じ姿をした男が、ドアの向こう側に立っていたのだ。

「お前は…誰だ?」

俺が問いかけると、その男は溜息をついた後えづいた。そして、ゆっくりとドアを閉めた。その瞬間、俺の視界は真っ暗になり、意識が遠のいていった。

目が覚めたとき、俺は自分のベッドに横たわっていた。部屋は静かで、時計を見ると深夜だった。全てが夢だったのかと思ったが、あの電話のことが頭から離れない。俺は妻を呼び、子供たちの部屋を確認した。全員が無事で、何事もなかったかのように眠っている。

安堵した俺は、再びベッドに戻り、目を閉じた。しかし、どうしても眠れなかった。その時、携帯電話が震え、メッセージが届いた。画面を見ると、そこにはこう書かれていた。

「変わってやる」

俺はそのメッセージを見つめながら、全身に冷たい汗が流れるのを感じていた。

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