年末の集まりで、地元の古い噂話をしていたとき、友人がふいに口を開いた。
「そういえばさ、跳ねる餅の話、知ってるか?」
跳ねる餅――?
そんな話は聞いたことがなかった。
「昔、うちの祖父が言ってたんだよ。冬になると山道に餅が跳ねてる跡が残ることがあるって」
「餅の跡?」
「そう。雪の上に、ぺたぺたって、まるで餅が転がって跳ねたみたいな跡が残ってるんだとさ」
私たちは笑いながら聞いていたが、友人は表情を変えずに続けた。
「その跡を追いかけて行った人が何人かいるんだ。でも、そいつら……みんな、帰ってこなかったって」
その場は軽い怪談話のように終わった。
だが、年が明けてしばらくして、友人が再びその話を蒸し返した。
「俺さ……餅の跡を見たんだよ」
雪の積もる林道を歩いていたとき、友人は、雪の上に小さな円い跡を見つけたらしい。
それは、まるで餅が地面に跳ねたような跡だったという。
「どうしても気になって、跡を追ってみたんだ」
友人の顔は青ざめている。
「……どこまでも続いてた。でも、途中からおかしくなった」
「どういうことだ?」
「最初は普通に地面に続いてたんだ。でも、あるところから……跡が、上に跳び始めたんだよ」
「上に?」
「ああ。雪のない木の幹に、ぺたってついてたんだ。まるで餅が空に向かって跳んでるみたいに」
その時点で、普通は引き返すだろう。
だが、友人は跡を追い続けたという。
「跡は山の奥に続いてた。雪の中にぽつぽつ、跳ねた跡が。追いかけてると、いつの間にか夕方になってた」
友人はそこで一瞬、言葉を切った。
「……気づいたら、俺の足元にも餅の跡があったんだよ」
「餅が跳ねるって、そんな馬鹿な話だと思うだろ? でも、本当に見たんだ」
「それで、どうなったんだ?」
「気づいたら、俺の前に大きな口があった」
友人は震える声で言った。
「そいつは、餅みたいな塊で、歯がなかった。ただ、ぐにゃりと開いた口が、俺を飲み込もうとしてたんだ」
慌てて逃げ出した友人は、何とか帰り道を見つけて戻ってきた。
「……でもさ」
そう言って友人は、ぽつりとつぶやいた。
「今でも時々、夜中に家の外でぺたぺたって音がするんだよ」
友人の話は、もう冗談には聞こえなかった。
家の外で餅が跳ねる音――そいつは、まだ追いかけてきているのかもしれない。
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