くるくる工場

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友人とふたりで古い廃工場に入ったのは、真夏の夕暮れ時だった。
町外れのその建物は、地元では**「くるくる工場」**と呼ばれている。

由来は簡単だ。
そこにある機械が、電源を入れてもいないのに回るらしい。
「くるくる」――と、音も立てずに。
誰もが冗談半分で話す噂だが、妙に生々しいのは、実際にそう見たという人が少なくないからだ。

工場に入ると、鉄の匂いが鼻を突いた。
朽ちた機械の影が薄暗がりに沈み、床には古びた工具が散らばっている。
「……気味悪いな」
そうつぶやく友人に同意しながら、奥へと進んだ。

ふと、耳に違和感を覚えた。
どこかで何かが、かすかに回っている音がする――。

「くるくる……」

その音は、確かに耳に届いていた。
友人と顔を見合わせ、同時に黙る。

「おい……聞こえるよな?」
「ああ……」
耳を澄ますと、音は機械の一つからしているようだった。
錆びついた古い歯車。
誰も触れていないはずのそれが――回っていた。ゆっくりと、くるくると。

ぞっとして目を離した瞬間、視界の端で何かが動いた。

「おい、今――」

友人が声を上げたのと同時に、私も見た。
機械の上に、何かがいる

それは――顔のない子供のようなものだった。
腕も脚も痩せ細り、まるで糸で吊られている人形のように、身体をぎこちなく揺らしている。
その首が、ゆっくりとこちらを向いた。

いや、違う。

首は回っていない。身体の方が回っているのだ。

ぐるり、と半回転し、また半回転。

「くるくる……」

音は機械の音ではなかった。
その“子供”が、機械に合わせるように回っている音だったのだ。

ふたりで駆け出した。
出口までの距離はほんの数十メートル。
それでも背後から、**「くるくる」**という音が追ってくる。

振り向いてはいけない――そう思いながらも、友人が一瞬だけ振り返った。

「おい、あれ……!」

私は振り返らないまま叫んだ。
「何を見た?」
友人は震えた声で答える。

「俺たち……回されてたぞ――!」

その意味がわからないまま、ふたりで工場を飛び出した。
その後、何度も思い返しては、あの音が耳に蘇る。

「くるくる」――。

振り向いたら、もう戻れなかったのだろう。
あの日、あの工場に置いてきた何かが、まだどこかで回り続けている気がしてならない。

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