小学生の頃、近所で奇妙な噂があった。
「ぐにゃぐにゃに気をつけろ」
ぐにゃぐにゃ――そう呼ばれるものは、姿形がはっきりしない。
ただ言われていたのは、そいつに出会った子供は姿を消してしまうということ。
「夜の公園には行くな」
「人気のない道を一人で歩くな」
大人たちは、そう口うるさく言っていた。
だが、俺たちは気にも留めず、放課後になると公園に集まって遊んでいた。
あの日は、少し遅くまで遊びすぎた。
暗くなりかけた公園を出て、家に帰ろうとしたとき、背後から誰かがついてくる気配がした。
振り返っても、誰もいない。
だが、何かが揺れている音がする。
ぐにゃ、ぐにゃ――
ビニール袋をくしゃくしゃにしたような音が、背後から迫ってくる。
俺は足早に家へ向かう。
けれど、音は追いかけてくる。
やがて、視界の端に何かが見えた。
――ぐにゃぐにゃの何かが、電信柱の影から覗いている。
最初は、人間の形をしているように見えた。
だが、首が左右に大きく揺れ、肩も、足も、まるでゴムのように不自然に曲がっている。
顔は暗くてよく見えない。ただ、その目が、こちらをじっと見ていた。
「おい!」
驚いて叫ぶと、そいつは柱の影に隠れた。
だが、次の瞬間――俺の目の前に現れた。
目の前の地面に、そいつの影が伸びていた。
だが、その影は普通じゃない。
人の形をしているのに、ぐにゃぐにゃと揺れている。
「一緒に来る?」
低い声が、影の中から聞こえた。
俺は逃げ出した。
家まで全速力で走り、振り返らずに玄関を閉めた。
次の日、クラスのAが学校に来なかった。
担任の先生は「連絡がない」と言っていた。
その夜、Aの家では玄関に濡れた跡が見つかったという。
大人たちは何も話さないが、子供たちはすぐに噂した。
「ぐにゃぐにゃに連れて行かれたんだ」
それ以来、俺は夜の公園には絶対に行かないようにしている。
だが、今でもたまに思い出す。
夜道を歩くと、時折――
背後で、ぐにゃ、ぐにゃと音がするのだ。
そのたびに思う。
あのとき、もし振り返っていたら――
俺も、ぐにゃぐにゃの影の中に引きずり込まれていたかもしれないと。
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