小学校の夏休み、俺は親戚の家に預けられたんだ。
そこは山奥の古い村で、田んぼと森しかない場所だった。
川沿いの道を歩いていると、同い年くらいの子供が一人、石の上に座っていた。
白い服を着た、少し古臭い感じの子供だった。
「遊ぼう」
その子供が言った。
当時の俺は、誰かと遊べるのがうれしくて、深く考えずにうなずいたんだ。
「こっち来て」
その子供は、川の奥のほうへと俺を誘った。
細い山道を抜けると、小さな沼にたどり着いたんだ。
沼は静かで、まるで鏡のように空を映していた。
でも、水の色が妙に暗かったのを覚えている。
「ここ、誰も知らないんだ」
子供はそう言って、沼のほとりに立った。
「秘密の場所だよ。」
そのとき、背筋に寒気が走った。
その子供、足がないんだ――
沼の水面に映るはずの足が、見えない。
「お前、誰だ?」
俺は恐る恐る聞いた。
子供は振り返らず、沼をじっと見つめたまま言った。
「ずっと、ここにいるんだ。」
「いなくなったのに、誰も気づかなかった。」
「だから、今度は――お前が一緒に来い。」
その瞬間、子供が俺の腕をつかんだ。
冷たい水のような手だった。
「離せ!」
俺は必死にもがいたが、その手の力は異常なほど強かった。
沼の中から、何かが俺の足首に絡みついてくる――
まるで無数の手が、俺を引きずり込もうとしているようだった。
沈められる――このままじゃ、沈められる。
気づけば俺は村の大人たちに助けられていた。
どうやって戻ったのか、詳しくは覚えていない。
けれど、大人たちが妙に沈んだ顔をして、こう言ったのは覚えている。
「お前、あの沼に行ったのか……」
「あそこは、昔……沈んだ子供がいるんだよ。」
沈んだ――戻ってこなかった、子供。
「それが、あのときの話だ。」
俺は友人を見た。
けれど、友人の表情が変わった。
まるで俺の話を聞き終えたのではなく――何かを思い出したような顔。
「それ、俺も行ったことがある。」
友人はそう言った。
「お前が沼で出会った子供……それ、俺じゃないか?」
その言葉に、俺は息が止まった。
「……いや、お前じゃない。」
俺は首を振る。
「その子供は……もっと昔に、沈んだ子だ。」
友人は黙ったまま、沼のほうをじっと見つめていた。
遠くで、水の音が聞こえた気がした。
沼の水が、また誰かを呼んでいるのかもしれない――沈めるために。
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