見猿

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その猿が現れたのは、町外れの山道だった。

仕事の合間に、営業車でその道を通りかかったとき、ふと路肩に一匹の猿が座っているのが見えた。
妙な光景だった。
普通、猿は人を見ると逃げるか、警戒して近寄らないものだ。しかし、その猿はただじっと座っていた。

何もしない。ただ、こちらを見ている。

目が合った瞬間、ぞっとした。
猿の顔には、表情がまるでなかった。感情を感じさせない、無機質な目。それが、まるで「見ているだけで十分だ」と言わんばかりに動かない。

気味が悪くてアクセルを踏んだ。

けれど、その日から何かがおかしくなった。

翌日も山道を通ると、同じ場所に、同じ猿が座っていた。

「あいつ、何してるんだ…」

そうつぶやきながら通り過ぎると、ミラー越しに猿の姿が見えた。ずっとこちらを見つめている。
その瞬間、何かが胸の奥でひっかかるような感覚がした。まるで、自分がどこか間違った場所に向かっているような、不安な気持ち。

数日後、取引先のミスで契約が白紙になり、会社で大目玉を食らった。

「最近、ツイてないな…」

そう思いながら山道を通ると、やはり猿はいた。
今度は立ち上がっている。
だが、やはり何もしない。ただ見ている。

ふいに、猿の目が「追っている」のだと気づいた。
俺が何をしていようが、どこにいようが、猿はただ追い続ける。
何をするでもなく――ただ、俺を見ている。

それからしばらくして、俺は会社を辞めた。

仕事もうまくいかず、体調も悪化し、逃げるように田舎に引っ込んだ。
最後に山道を通ったとき、もう猿はいなかった。
少しホッとしながら、古びた実家に戻ると、玄関に小さな土の跡がついていた。

猿の足跡だ。

奥の部屋から、誰かがいる気配がする。

開けると、そこにいたのは――何もしない猿

その目だけが、まるで「これからだぞ」と言いたげに、じっと俺を見ていた。

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