山奥のダム湖の近くに、廃村があるという噂を聞いたのは去年の夏だ。
俺と友人の久保は、暇を持て余してその村を探しに行った。
地図にも載っていない細い林道を進み、途中で車を降りて歩き始めた。
しばらくすると、霧が立ち込めてきた。
音が消え、世界が締め付けられるように静かだった。
その時だ――遠くに光が見えた。
「なあ、あの光、何だと思う?」
久保が言った。
霧の中に、淡くぼんやりとした光が浮かんでいる。
車のヘッドライトのような眩しさはなく、まるで提灯のような、古びた灯りだった。
俺たちは引き寄せられるように、その光を追いかけた。
だが、いくら歩いても光は一定の距離を保ったまま、消えそうで消えない。
足元はぬかるみ、気づけば道がどこにも見当たらなくなっていた。
「おい、やばいぞ、戻ろう」
そう言ったのは久保の方だったが、俺はその言葉を無視した。
光が、どうしても気になったんだ。
「もうすぐだ」
そう言いながら歩いていると、霧の向こうに人影が見えた。
近づくと、それは小さな祠だった。
そして祠の前で、男が正座していた。
光は、男の目から漏れていた。
男の目は空洞のように暗かったが、その奥から、淡い光が漏れ出していた。
男は静かに顔を上げ、俺を見た。
そして言った。
「――お前が光を見たのか?」
その声を聞いた瞬間、背中が冷たくなった。
久保の姿が、どこにもなかった。
俺は振り返り、霧の中に逃げ出したが、あの光は今もなお視界の端に見える。
夜道を歩いていると、いつも光がチラつく。
まるで俺をどこかへ導こうとしているように。
誰にも話せない。
話せば、きっとあの男の目から漏れていた光が、次は俺の中から漏れ出してしまう気がする。
そしてその時、俺は誰かを待つ側になるのだろう。
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