俺の顔

スポンサーリンク

あれは仕事帰り、いつもとは違う道を通った日のことだ。
住宅街の奥まった路地で、ぽつんと古い民家があった。
街灯の明かりが届かず、家の周りは真っ暗だったが、窓だけが薄く灯っていた。

何気なくその家を見たんだ。
すると――窓から誰かがこっちを覗いていた

四十代くらいの男だろうか。無表情で、まるでこちらを観察しているようだった。
奇妙だな、と思いながら足を速めたが、次の角に差し掛かると、また別の窓から同じ男の顔が覗いているのが見えた。
「――え?」
驚いて立ち止まった俺の目の前で、民家の二階の窓からも、廊下の奥の隙間からも、全部同じ顔が、次々とこちらを覗いている

無表情のまま、瞬きもせず、ただこちらを見ている。
不気味な静寂が、耳鳴りのように頭を締めつけてきた。

思わず目をそらして走り出したが、角を曲がっても、曲がっても――その家は消えなかった
どこへ行っても、路地の先に古びた家が立っていて、男がこっちを覗いている。
それも、一人ではない。
今度は玄関のドアから、縁側から、雨戸の隙間から――同じ顔が、何十人もこっちを見ている

汗が背中を伝い、足がもつれた。
振り向けば、誰もいないはずの道に、男の顔がずらりと並んでいるような気がした。

気がつくと、俺は自分のアパートの前にいた。
あの家から逃げ切れたらしい。

ほっとして鍵を開ける。
部屋に入って、靴を脱いで――ふと目を上げると、 鏡の向こうに、俺と同じ顔が覗いていた

それは俺の顔じゃない。
鏡の向こうの俺は、笑っていた

コメント

タイトルとURLをコピーしました