……そうです。
あのバラックを燃やした時、中に誰かがいたんです。
あれは高校を卒業してすぐの頃。
地元の仲間と廃墟探検をして遊ぶのが、ちょっとしたブームになっていました。
人が住んでいない空き家や工場跡を見つけては、夜中に忍び込んで肝試しをする。
その日、私たちは町外れのバラック造りの廃屋に目をつけたんです。
そのバラックは、随分前に建てられたらしく、トタンの屋根と木の壁がボロボロに朽ちていました。
「どうせ誰もいないだろう」と、気軽に近づきましたが、妙に空気が湿っていて、嫌な臭いが漂っていました。
中を覗いてみると、雑多なものが散乱していました。
古びた布団、食器、衣類――まるでつい最近まで誰かが住んでいたような痕跡があったんです。
「なんだよ、これ……」
「人がいたのか?」
嫌な気配を感じて、すぐに出ようとしました。
でも、ある仲間が悪ふざけでこう言い出したんです。
「せっかくだから燃やそうぜ」
正直、私は止めたかった。
けれど、その場の空気に逆らえず、誰かがマッチを擦って、乾いた布に火をつけた。
火はあっという間に燃え広がり、バラック全体が炎に包まれました。
みんな笑いながらその光景を見ていました――
最初は。
でも、煙の中から、突然窓の奥に何かが動くのが見えたんです。
「……中に誰かいるぞ!」
仲間の一人が叫びました。
けれど、その時にはもう、炎の勢いが強すぎて、どうすることもできなかった。
窓の奥――
見えたのは、影のような人影でした。
ただ、その影は普通の人間とは違っていました。
何かを、壁に張りつくようにして、こちらをじっと見ていた。
その目だけが、赤黒く光って見えたんです。
後日、その場所に警察が来て、私たちは事情を聞かれました。
けれども、**「中から遺体は見つからなかった」**という話でした。
でも……私は知っています。
あの影は、私たちが火をつける前から、
ずっとそのバラックの中にいたんです。
そして今でも、夜になると――
誰かの家の窓に、その影が張りついているそうです。
私たちは気づくべきでした。
あのバラックはただの廃屋じゃなかった。
そこは、人の“居場所”だったんです。
そして、奪われた居場所を探して、影は今も彷徨っている。
どこかの窓に、そっと張りついて――燃え尽きるのを待ちながら。
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