その日は、夕方に近所の神社へお参りに行ったんです。いつもなら無人の境内が、その日は妙に騒がしかった。いや、正確に言えば、人影はないのに、何かがざわめいている感じがしたんです。風が吹いて、木々が揺れているだけ……と、無理に自分を納得させながら手を合わせました。
帰り道で、事件は起きました。
家まであと少しというところで、ふと、道路脇に古びた一軒家が見えました。その家、確か以前は更地だったはずなんです。でも、気に留める間もなく――ガシャッという音がしました。何かが割れる音です。
次の瞬間、目の前を鋭いものが飛んできました。
反射的に身をかがめた途端、耳元をキィッと甲高い音がかすめていった。
見ると、地面に小さなガラス片が散らばっていたんです。まるで古い窓ガラスが砕けて、風に乗って飛んできたような……でも、周りには割れるような窓なんて、どこにも無いはずなのに。
妙なことに、飛んできたガラスは、風向きに逆らっていたんですよ。風は北から吹いていたのに、ガラスは南から来た。
その時、不意に背後で声がしました。
「よけたのか?」
驚いて振り返ったけれど、誰もいない。
ただ、遠くの方で、ポツリポツリと足音が聞こえました。誰かが歩きながら、何かを拾っているような音が。ガラスの破片を、ひとつひとつ拾い集めている……そんな感じの音です。
帰り道はもう、足が震えてどうにもなりませんでした。家に着く頃には、手が凍えたように冷たくなっていて、震えが止まらなかった。けれども、奇妙なことに――
手のひらに、一片のガラスが刺さっていたんです。
どこで刺さったのかは、わからない。
でも、抜くと血が滲んできた。それも、冬の冷たさとは釣り合わないくらい、異様に温かい血だったんです。
あの時、私は死にかけたんでしょうかね。
今でも思うんです――あのガラスは、私を見逃してくれただけかもしれない、と。
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