その日は、仕事が早く終わったんです。空が茜色から青黒く変わり始めた頃、人気の少ない住宅街を歩いていました。地面には薄く霜が降りていて、踏むたびにザクザクと軽い音がする。ふと気づくと、前方に小さな影が見えました。年の頃は五、六歳でしょうか。子供が一人、道の脇にしゃがみ込んでいるんです。
最初は特に気にしませんでした。でも、その子の周りだけ、不思議と空気が動いていないように見えた。風が吹いているのに、そこだけ静止しているような感覚。何か落とし物でもしたのかな、と思って声をかけようとしました。
その時です。
――まるで、気づかれるのを待っていたかのように、その子がこちらを向いた。
顔には、何もついていないのに、汚れているような印象がありました。まるで「古い写真」を見ているような感じと言えば、分かるでしょうか。表情は無く、ただこちらを見つめてくる。その瞳の奥に、何か底知れないものがあったんです。
「寒くないか?」
声をかけたのは私の方なのに、妙な感覚に襲われました。声が、違う場所から出ているような気がして。
すると、その子は立ち上がりました。そして、私の方に向かって、ゆっくり歩いてくるんです。でも――歩くたびに、霜を踏む音がしない。何かが違う。距離が縮まるはずなのに、私との間合いが変わらない。
そこで、私の背後で音がしたんです。
カサッ、と。
振り返ると、そこには誰もいない。けれども、振り返るたびに、何かを背負っているような、重さが増していく気がしました。
前を見ると、もうその子の姿は消えていました。
何だったんでしょうね。
あの時の寒さだけは、今でも鮮明に覚えていますよ。
冷たいはずなのに、芯から温かい何かが滲んでくるような――そんな、不思議な寒さでした。
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