あれは、秋も深まった頃だった。
空気が冷たくなり始めた夕方、私たちは小さな神社の裏手にある坂道を歩いていた。その坂は、地元ではあまり知られていない古い道で、両側には竹藪が続き、日が暮れると途端に薄暗くなる場所だった。
「おい、あれ見えるか?」と友人が坂の上を指さした。
見ると、坂の上に小さな地蔵がひっそりと立っていた。
ただ、一つおかしなことがあった。
地蔵は、普通なら前を向いているはずだが――こちらをじっと見つめていた。
「なんで、あの地蔵こっちを向いてるんだ?」
友人も気づいたのだろう。妙に落ち着かない様子で呟いた。
そのときだった。
――ゴトン……
最初は小さな音だった。まるで、地蔵の足元の石が転がったかのように聞こえた。
しかし次の瞬間、
――ゴトン、ゴトン、ゴトン……
地蔵が、ゆっくりと坂を転がり始めた。
「おい、なんだよあれ……」
私たちは立ち尽くした。目の前で起きている光景が現実だとは思えなかったからだ。けれど、地蔵は止まらない。
――ゴトン、ゴトン、ゴトン!
その音は徐々に速く、激しくなっていく。
地蔵は、まっすぐ私たちに向かって転がってくる。
顔が見えた。地蔵の顔は、まるで血を浴びたかのように赤黒く染まっていた。
「逃げろ!」
友人が叫び、私たちは一斉に坂を駆け下りた。
――ゴトン、ゴトン、ゴトン!
背後から、地蔵が転がる音が追いかけてくる。その音は、坂を駆け下りる私たちの足音よりも大きく、どこか楽しげにさえ聞こえた。
必死で駆け下り、ようやく坂の下に辿り着いたとき、私は振り返った。
だが、そこには何もなかった。
地蔵は消えていた。
「おい、どこに行ったんだ?」と友人が息を切らせながら言った。
しかし、私たちがもう一度坂を見上げたとき――
地蔵は、元の場所に戻っていた。
ただ、あのときとは違っていた。
今度の地蔵は、はっきりとわかるほど真っ赤に染まっていた。
「……帰ろう。」
誰ともなくそう言って、私たちはその場を離れた。
それ以来、あの坂道には近づかないようにしている。
ただ、一つ気になることがある。
地元の噂によると、あの坂では時折、**「誰もいないはずの夜道で、地蔵が転がる音がする」**のだという。
その音を聞いてしまった者は、必ず次の日、夢の中に地蔵が現れるらしい。
――そして、その地蔵は、夢の中でも血に染まっているという。
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