竹内くんが騒ぎ始めたのは、夏休みが明けた直後のことだった。彼はクラスではどちらかというと目立たないタイプで、特に仲のいい友人もいないようだったけど、あのときは明らかに様子が違っていた。教室の隅で机に突っ伏しながら、何かをぶつぶつと呟いていたんだ。
「どうしたんだ、竹内?」
誰かが軽い調子で声をかけたけど、彼は返事をしなかった。ただ、顔を上げると、やけに真剣な目でこう言ったんだ。
「廊下に、知らない女の人が立ってるんだよ。ずっとこっちを見てる」
そのとき、教室は一瞬静まり返ったけど、すぐに誰かが笑い出した。
「何だそれ、怖い話でも仕込んできたのか?」
「夏休みの宿題忘れたから、怖がらせてごまかそうとしてんだろ!」
みんなが笑いながら冷やかす中、竹内くんはただ黙って俯いてた。けど、その肩は小刻みに震えていて、笑いごとじゃないことは明らかだった。
その日の昼休み、俺はなんとなく気になって竹内くんに声をかけてみた。
「なあ、さっきの話、どういうことだったんだ?」
竹内くんはしばらく黙ってたけど、ポツリポツリと話し始めた。
「夏休み中、夜中に廊下から変な音が聞こえてたんだ。最初は風のせいだと思ったけど、よく聞くと、足音みたいでさ……。ある日、思い切って部屋を出てみたら、廊下の先に女の人が立ってたんだよ。長い髪で、白い服を着てて、顔はよく見えなかった。でも、ずっと俺の方を向いてた」
俺は冗談だと思ったけど、彼の目は真剣だった。
「それがどうして学校に?」
「わからない。でも、さっき教室に入る前、廊下の窓の向こうに立ってるのを見たんだ。こっちをじっと見てたんだよ」
竹内くんの話にゾッとしたけど、それ以上は聞けなかった。その日の午後、彼は突然授業中に立ち上がって叫び出した。
「いる!またいる!窓の外に!」
クラス中が驚いて振り返ったけど、窓の外には何もなかった。竹内くんはそのまま教師に連れられて保健室に行き、それ以降、学校に来ることはなかった。
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