それは、夏休み直前の放課後だった。部活をサボって、校舎裏の倉庫の近くで一人で時間を潰してたんだ。その日は蒸し暑くて、蝉の鳴き声が耳に張り付くようだった。校舎裏は木々が鬱蒼としていて、普段から薄暗い場所だったけど、その日は特に重苦しい空気が漂っていた。
最初に異変に気づいたのは、風が全く吹いていないのに、木々の中から「カサ…カサ…」と葉が擦れるような音が聞こえたときだった。最初は風か動物かと思って無視してたんだけど、音がだんだん近づいてきてることに気づいた。
「誰かいるのか?」
思わず声を上げたけど、返事はない。ただ音だけが近づいてきて、やがて木立の間からそれが現れたんだ。
それは、人間の形をしてた。でも、明らかに人じゃなかった。全身が木のような皮膚で覆われてて、腕や脚が細く長く、まるで木の枝みたいだった。顔の部分には、目も鼻もない。ただのツルツルした木目があるだけで、首をかしげるような仕草をしながら、ゆっくりと俺の方に近づいてきた。
心臓が凍りつくような感覚だった。逃げようとしたけど、足がすくんで動けなかったんだ。ただ、その場でじっと立ち尽くすしかなかった。
そいつは、俺の目の前で立ち止まった。間近で見ると、体中が湿っていて、木の皮の間から何か液体が滴り落ちてた。目が合うはずもないのに、そいつが俺をじっと見てるように感じた。
そして、そいつがゆっくりと右手を持ち上げた。まるで何かを差し出すような仕草だった。その手には、細い木の枝に似たものが握られてて、そこから小さな葉っぱが一枚だけ生えてた。俺は訳もわからず、それを受け取った。
そいつは、それ以上何もせずに振り返ると、木々の奥に消えていった。俺はその場に座り込んでしばらく動けなかった。
後でその枝を見てみると、葉っぱには何か文字みたいなものが刻まれてた。でも、どんなにじっくり見ても意味がわからなかった。その枝は次の日には枯れて、バラバラになってしまった。
あれが何だったのか、俺には結局わからない。でも、あのとき感じた静かな威圧感と、そいつが何かを伝えようとしてたような気配は、今でも忘れられない。
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