俺の家は、古い木造の平屋だった。建てられたのは戦前だとかで、風が吹くときしむ音がして、冬場は隙間風がひどかった。でも、祖父母が住んでいた頃からの家だから、俺にとっては当たり前の風景だったんだ。
最初に「変だな」と思ったのは、小学生のときだった。夕飯を食べてたとき、天井裏から何かが転がる音がしたんだ。ゴトン、ゴトンって。親父は「ネズミだろう」って笑ってたけど、あの音はどう考えてもネズミが出すような軽い音じゃなかった。何か大きなものが動いてるような、鈍い音だったんだ。
それからしばらくは何もなかった。でも、中学に上がる頃、また変なことが起き始めた。夜になると廊下の方から足音がするんだ。パタ、パタって、スリッパを履いたような音。それが、俺の部屋の前でぴたりと止まる。でも、ドアを開けても誰もいない。最初は家族かと思ったけど、翌朝聞いてみても、誰もそんなところには行ってないって言うんだ。
一番怖かったのは、高校生のときだ。夏休みで昼間一人で家にいたんだけど、急に庭から物音が聞こえた。誰かが石を踏むような音がして、ふと窓の方を見ると、庭に人影が見えたんだ。正確には、人影の「一部」だ。肩から上だけが見えて、ゆっくりと庭を横切っていく。
怖くて動けなかった。でも、次の瞬間、そいつが振り返ったんだ。顔は……いや、顔じゃない。そこには顔がなかった。ただのぼんやりとした影が、俺をじっと見てるような気がした。俺は窓を閉めてカーテンを引いた。それ以上、見る勇気なんてなかった。
親にそのことを話したら、「気のせいだ」って言われたよ。でも、その後も庭のあたりで音がすることは何度もあったし、夜中に目を覚ますと、廊下の向こうから低い声が聞こえることもあった。言葉にはならない、何かを呻くような声だった。
俺が家を出たのは大学に入るときだ。あの家から離れたかったのも正直あった。でも、今でも時々思い出すんだよ。あの足音や庭の影を。そして、最後に家を出るときに気づいたことを。
廊下の壁の隅に、細い溝みたいな傷が何本もついてたんだ。爪で引っ掻いたみたいな。それを見たとき、俺は悟った。あの家では、俺たち以外の「誰か」がずっと住んでいたんだって。
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