あの頃、僕たちの町では「タラタラ坊主」という怪談が流行っていた。
誰が最初に言い始めたのかはわからない。ただ、学校でも公園でも、子供たちは皆、その話を知っていた。
「夜に一人で歩いていると、タラタラ坊主がついてくるんだって」
「姿は見えないけど、足音が聞こえるんだってさ」
「タラタラ坊主に追いつかれたら……二度と帰ってこられない」
タラタラ坊主という名前は間抜けなのに、その話はどうしようもなく怖かった。
町で事件が起き始めたのは、ちょうどその噂が広まってしばらく経った頃だ。夜遅くに一人で歩いていた子供が、突然行方不明になるという事件が続いた。数日後に見つかった子供たちは、決まって同じことを言った。
「……ついてきたんだ」
警察や大人たちは「誘拐未遂」「ただの事故」だと言ったが、子供たちは知っていた。あれはタラタラ坊主の仕業だと。
その夜、僕と君は遅くまで公園で遊んでいた。日が暮れるのが早い冬だったが、あの頃の僕たちは時間に無頓着で、暗くなっても遊びをやめようとしなかった。
「そろそろ帰るか」
僕がそう言うと、君がふざけて言った。
「お前、夜道でタラタラ坊主に捕まるぞ」
君は冗談のつもりだったんだろう。でも、僕はなんとなく嫌な感じがして、その言葉を聞き流した。
二人並んで歩きながら、暗い夜道を帰る。町の街灯はまばらで、時々影が伸びて揺れる。雪がちらつき、湿った冷たい空気が鼻に刺さった。
最初に「それ」に気づいたのは君だった。
「……なあ、なんか聞こえないか?」
僕は立ち止まって耳を澄ませた。
タラ……タラ……
遠くから、湿った足音が聞こえてきた。水たまりをゆっくりと踏みしめるような、不気味な音だ。振り返っても、誰もいない。ただ闇が広がっているだけ。
「なんだよ、気のせいだろ」
そう言いながら、僕は歩き出した。君も渋々ついてきた。でも、足音は止まなかった。
タラ……タラ……タラ……
まるで僕たちに合わせるように、音がついてくる。君が小声で言った。
「タラタラ坊主……だろ、これ」
そんなわけない、そう言いかけて、僕は息をのんだ。
――影が、増えている。
僕たちの足元に伸びる影のすぐ後ろに、もう一つ別の影があった。それは奇妙に細長く、人の形をしているけれど、首だけが異様に長かった。影は地面の上で揺れながら、少しずつ、僕たちの影に重なってきていた。
「走るぞ!」
君が叫び、僕たちは一斉に駆け出した。足音が雪を蹴散らし、息が白く弾ける。それでも後ろから、あの足音はついてきた。
タラ……タラ……タラ……
音は次第に速くなり、耳元に迫ってくるようだった。背後に何かがいる。でも振り向いてはいけない。振り向いたら、そこに何がいるのかを見てしまう。そう思うと、恐怖で足が震えた。
やがて町の灯りが見えて、僕たちは勢いよく駆け込んだ。商店街の明るい光が僕たちを包み込む。そこでやっと、足音は消えた。
「……ついてきたのか?」
息を切らしながら君が言った。でも、もう振り返っても何もいない。夜道は静まり返り、雪が音もなく降り積もっているだけだった。
その日以来、僕たちは夜に一人で出歩くことをやめた。あの足音は本当にタラタラ坊主だったのか、それともただの気のせいだったのか——わからない。
ただ、あの夜に聞いた湿った足音だけは、今でも耳にこびりついて離れないんだ。
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