僕がまだ小学生だった頃の話だ。子供の頃の僕は、少し神経質で、いつも何かに怯えているような子供だった。家の中でも、どこか息苦しさを感じていた。特に、夜が苦手だった。寝ようとすると決まって嫌なことが起こるからだ。
僕の部屋は古い家の二階にあった。天井は低く、木目の模様が不気味な形を作っていた。布団に横になると、嫌でもその模様が目に入る。そして夜中になると、僕はいつも決まった「音」で目を覚ました。
コツ……コツ……コツ……
まるで、天井の向こうから何かが歩いているような音だった。最初はただの家鳴りだと思った。でも、耳を澄ませば澄ますほど、それは「足音」にしか聞こえなかったんだ。重くもなく、軽くもない。何かが天井板の上をゆっくりと歩いているような音。
母に言っても「気のせいよ」と笑われた。だから僕は布団を被り、じっと朝を待つしかなかった。
それでも、ある夜のことだ。いつものように音で目が覚めた時、今度は音が天井の一か所に止まったんだ。僕の真上、ちょうど布団の真ん中あたりでピタリと止まった。
ドン……ドン……
足音はやがて、一定の間隔で天井を叩く音に変わった。まるで僕が下にいることを知っていて、確認するように叩いている音だった。心臓がバクバクして、声も出なかった。でも、次の瞬間——
天井の木目が、少しだけ“動いた”んだ。
見間違いだと思いたかった。でも確かに、その木目がじわりと揺れて、ひとつの形を作り始めたんだ。それは「顔」だった。目と口が、まるで木目の隙間から浮かび上がるように見えた。目は大きく、真っ黒で、何かを覗き込むようにこちらを見ていた。
その時、僕は布団の中でガタガタ震えていた。けれど、ふと気づいた。
その目は、笑っていたんだ。
口は動かないままだったけれど、目だけが歪んだ形で笑っている。何かが「見つけた」とでも言いたげに、僕のことを見ていた。
僕はもう耐えられなくなって、布団を蹴飛ばし、叫びながら部屋を飛び出した。階段を転がるように下りて、母の寝室に飛び込んだ。母は驚いて僕を抱きしめたが、僕が泣きながら説明しても、「怖い夢を見たんでしょう」と言うだけだった。
次の日、父が天井裏を調べたが、何もいなかった。ただ、埃まみれの板には何かが這ったような跡が残っていたらしい。それでも父は「ネズミだろう」と言った。
でも僕は今でも思うんだ。あれはネズミなんかじゃない。あの目と、僕を笑って見ていた顔。
それ以来、僕の部屋は変えてもらった。でもあの天井を、僕は今でも時々夢に見ることがある。木目の模様がゆっくりと形を作り、目が開き、笑いながらこちらを見ている——そんな夢を。
それが僕が子供の頃に体験した、忘れられない怪談だ。
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