図書館の子供

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僕はよく図書館に通っていた。高校時代の話だ。友人と過ごす時間も楽しかったけれど、時々一人になりたくなる日もあった。古びた図書館の児童書コーナーが僕のお気に入りだった。そこには誰も来ないし、棚に並んだ昔の児童文学を読みながら静かに時間を潰すのが、僕にとっての「逃げ場」だったんだ。

その日も、僕は午後の図書館で本を読んでいた。窓際の小さな机に腰掛けて、ページをめくる音だけが静寂に溶けていく。冬の光が薄く差し込んで、埃がゆっくり舞うのが見えた。

ふと、視線を感じて顔を上げたんだ。

児童書コーナーの奥に、子供が立っていた。

年齢は小学校低学年くらいに見えた。古い図書館には似つかわしくないくらい、ぼろぼろの服を着ていたんだ。色褪せたシャツに、ところどころ破れたズボン。顔は妙に青白く、目だけが大きく黒々としていた。まるで絵本から抜け出してきたクリーチャーのような、不自然な姿だった。

僕は一瞬、目が合った気がした。子供はじっとこちらを見つめていた。でも、その「目」が何かおかしかった。瞳が、光を反射していない。

僕はなぜかその子が「ここにいてはいけないもの」だと思った。そう気づいた途端、手のひらにじっとりと汗がにじむのがわかった。

子供は何も言わず、ただゆっくりと棚の間に姿を消した。何をするでもなく、本を取るでもなく、ただ奥へと消えたんだ。

普通なら、気にしなければいい。ただの気のせいだと自分に言い聞かせれば済んだ話だ。でも、その時の僕は、なぜか気になってしまった。

「……何だろう、あれ」

僕は立ち上がって、その子供が消えた方へ足を踏み入れた。児童書コーナーの奥はひどく狭く、行き止まりの壁があるだけだ。足音を立てないように進むと、ひんやりとした空気が肌を撫でた。

そして、そこで僕は立ち止まった。

壁の隅に、あの子供が座り込んでいたんだ。

顔を伏せ、体を小さく丸めていた。ぼろぼろの服から覗く腕は、まるで枝のように細かった。僕が息をのむと、子供はゆっくりと顔を上げた。

その顔には、目も口もなかった。

のっぺりとした皮膚だけが、そこに広がっていた。だが「見られている」という感覚は、はっきりと僕の心を締め付けてきた。

——ここに来るんじゃなかった。

そう思った時にはもう遅かった。子供がゆっくりと立ち上がり、僕の方へ一歩、踏み出したんだ。何か声にならない音が、喉の奥から漏れ出た。僕は無意識に後ずさり、棚にぶつかってしまった。その音でハッと我に返り、僕は無我夢中で走り出した。

児童書コーナーを飛び出し、図書館の静けさを乱しながら玄関まで駆け抜けた。受付の職員が不審そうに僕を見たが、そんなことはどうでもよかった。ただ、二度とあのコーナーには戻るまいと思った。

後になって聞いた話だが、あの図書館では昔、ひとりの子供が迷子になって行方不明になったことがあるらしい。誰もその子を見つけることができず、以来、児童書コーナーの奥に「何かがいる」と噂されるようになったんだと。

あれが本当にその子供の霊だったのか、それとも何か別のものだったのかはわからない。けれど、あの「目のない顔」は、今でも時折夢に出てくる。

それ以来、僕は図書館の児童書コーナーには近づかなくなったんだ。

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