あれは、確か冬のことだった。僕が中学三年生の頃で、受験が近づいていた。自分の人生を少しでも変えたくて、僕は放課後も学校に残って勉強することが多くなった。
冬の夕暮れは早く、校舎を出る頃にはすっかり夜になっていた。街灯がまばらに灯る中、君たちと連れ立って帰ることが増えた。そんな日常が、僕には少しだけ救いだったんだ。
その日も、雪がちらつく夜道を、僕たちは一緒に歩いていた。雪は音を消す。自分たちの足音さえ、吸い込まれるように静かだった。
「あれ、見て」
友人の一人が道の向こうを指さした。少し先の街灯の下、誰かが立っていた。いや、「何かが」と言うべきかもしれない。
そこに立っていたのは、細身の人影だった。全身が真っ黒なコートに覆われ、顔はうつむいていて見えない。髪の毛だけが、まるで雪と同じ色のように真っ白だった。
最初はただの人だと思った。けれど、その人影は少しずつおかしな動きをし始めたんだ。
揺れていた。
左右にゆっくりと、あり得ないほどの角度で揺れていた。まるで風に吹かれた草のように、軸だけが保たれたまま、ゆらり、ゆらりと動いている。
「なんだよ、あれ……」
誰かが小さな声で呟いた。けれど誰も足を止めなかった。視線だけをそちらに向けながら、僕たちはただ黙って歩き続けた。早く通り過ぎたかったんだ。
その時だ。
揺れていた人影が、急にこちらを向いた。
顔は見えなかった。ただ、街灯の光を背にしたそのシルエットが、不自然に首を傾けた。そして、僕たちの方へ、音もなく一歩、踏み出したんだ。
「走れ!」
誰かの声が響いた瞬間、僕たちは全力で駆け出した。雪が降る中、足元は滑るし、息はすぐに白く濁る。背後を振り向く勇気はなかった。ただ、あの人影が追いかけてきている気配だけは確かに感じた。
ようやく商店街の明るい通りに出て、僕たちは足を止めた。息を切らしながら振り返っても、もう誰もいなかった。街灯だけがぼんやりと道を照らし、雪が静かに降り積もっていた。
「なんだったんだ……」
誰も答えられなかった。ただ、あれは人間じゃなかった気がする。雪にまみれた夜の闇に立ち、音もなくこちらを見ていた何か。
それ以来、僕たちはその道を避けるようになった。遠回りでも、商店街の明るい道を選ぶようにしたんだ。けれど、雪が降る夜になると、今でも思い出す。
あの揺れる人影が、街灯の下に再び立っているんじゃないか、と。
雪が音を消す夜道は、どこまでも静かすぎて、時々何かが潜んでいる気がするんだ。
本当に、一人じゃなくて良かった。
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