あの空き地は、僕たちにとって秘密基地のような場所だった。町の裏路地を抜けた先に、急に開ける空き地がある。草はぼうぼうに生えていて、所々に崩れかけたブロックや錆びたドラム缶が転がっていた。
夕方になると、大人たちはあまり近づかなくなる場所だった。なんでも、あそこは昔、古い長屋が建っていたが、火事で全部焼けてしまったらしい。僕たち子供には、そんな話は関係なくて、ただ走り回り、基地を作っては遊んでいた。
でも、その空き地で、一度だけ忘れられないことが起きた。
その日も僕たちは、空き地の真ん中に積んだブロックを囲んで遊んでいた。急に雨が降りそうな空で、空気が湿っぽく、風も少し冷たかったのを覚えている。
「なあ、あれ、なんだ?」
友人の一人が、空き地の隅を指差した。そこに、妙なものがあったんだ。
赤い布のようなものが、風に揺れていた。
僕たちは一斉に黙り込んで、それを見つめた。草むらの中にポツンと置かれている赤いものは、布なのか、誰かの服なのかはわからなかった。ただ、それが風もないのに、ゆらり、ゆらりと揺れている。
「なんだよ、あれ……」
誰かが呟いたが、みんなその場から動けなかった。何かが僕たちの背中をじっと見ているような、そんな感じがしたからだ。
次の瞬間、布の向こうに“誰か”が立ち上がった。
立ち上がった、というよりも、地面から伸びたように見えた。子供と同じくらいの背丈の、それは人の形をしていた。でも、顔はなかった。ただ黒く、ぼんやりと人型をしているだけ。
「うわっ!」
誰かが叫ぶと同時に、それはふらりとこちらに向かって歩き出した。足が地面に触れている音はしない。ただ、草がペシ、ペシと音を立てるだけだ。
僕たちは我に返り、バラバラに逃げ出した。僕は後ろを振り返らずに、空き地を飛び出し、裏路地を走り続けた。友人たちも必死に逃げていたのだろう、追いかけてくる足音だけが聞こえた。
その日は、空き地には二度と近づかなかった。
次の日、僕たちは恐る恐る空き地に戻ってみたが、そこにはもう何もなかった。赤い布も、人型の影も、跡形もなく消えていた。ただ、僕がその時ふと気づいたのは、空き地の真ん中にあったブロックが、少しだけ崩れていたことだ。まるで、何かがそこから這い出してきたように。
あれが何だったのか、僕たちは誰にも話せなかった。大人に言ったところで、どうせ信じてもらえないだろう。
でも、それから僕たちは、空き地に近づくことをやめた。そして裏路地を通る時、僕は必ず足を速めた。
あの赤い布の向こうに立っていたもの——
もしかしたら、焼けた長屋の中で消えた誰かが、まだそこにいるのかもしれない。
そんなふうに、今でもふと思うことがある。
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