雪の晩

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あの晩のことは、今でもはっきりと覚えています。外は一面の銀世界で、しんしんと降り積もる雪が街を静寂に包み込んでいました。窓の外には街灯に照らされた白い道が続いていて、足跡ひとつなく、ただ純白の世界が広がっていました。

私は家の中で暖を取りながら、ぼんやりとその景色を眺めていました。すると、ふと窓の外に動くものが目に入りました。最初は風に舞う雪か何かだと思いましたが、よく見るとそれは人影でした。

白い雪の中に、ぽつんと黒い影が立っていました。街灯の明かりの下で動かず、ただこちらの家の方をじっと見ているように感じました。顔までは分かりません。ただ、遠くからでも分かる異様な雰囲気がその影にはありました。私はカーテンの隙間からその姿をこっそり覗き見ました。

やがて、その影がゆっくりと歩き始めました。こちらに向かってくるのではなく、家の前の通りを横切るようにして。ただ、その歩き方が妙におかしかったんです。足が雪に沈むはずなのに、全く足跡がついていない。歩くというよりも、地面から少し浮いているようにも見えました。

そして、その影が家の前を横切り、視界から消えたと思った瞬間、どこからか「コン……コン……」という音が聞こえました。玄関の方です。私は心臓が凍りつくような思いで耳を澄ませました。その音は一定のリズムで続いていて、まるで何かが玄関を叩いているようでした。

家族はすでに寝静まっていて、家の中には私一人だけ。私は怖くて動けず、ただ音が止むのを祈っていました。しかし、音は止むどころか、だんだん大きくなっていきました。

やがて、私は思い切って玄関に向かいました。玄関のドアに近づくと、叩いていた音がピタリと止みました。その静けさがかえって不気味で、手を震わせながらドアの覗き窓を覗きました。

そこには誰もいませんでした。ただ、雪が降り続けるだけで、ドアの前には足跡も何もありません。それでも、確かにそこに「何か」がいた気配が残っていました。

私は慌ててドアの鍵をかけ直し、急いで自室に戻りました。その晩は一睡もできませんでした。次の日の朝、恐る恐る玄関を開けてみましたが、そこには何もありませんでした。雪は一晩中降り続け、地面には真っ白な新雪だけが積もっていました。

しかし、ひとつだけおかしなことがありました。玄関のドアの下の方に、うっすらと黒い汚れのような跡がついていたんです。それは、何かがそこに手をついたかのような形をしていました。

あれが何だったのかは分かりません。雪の降る晩に現れたあの影が、ただの見間違いだったのか、それとも――。それ以来、私は雪が降る夜になると、窓の外を見るのを避けるようになりました。またあの影が現れるのではないかと、今でも恐れているんです。

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