大学生だった私達は、何かと新しいことを試してみたくて仕方がなかった。行き先を決めるときも、特に深い考えはなく、ただ誰かが冗談交じりに言った「自殺の名所に行ってみないか?」という提案に、面白半分で乗ってしまったんです。
その場所は、海に面した高い断崖絶壁でした。観光名所というわけではないけれど、地元では有名で、何度も悲劇が起きていると聞きました。それでも、私達はそんな話をどこか他人事のように聞いていたんです。
車を降りて断崖に近づくと、風が強く吹きつけてきました。海面ははるか下、断崖の縁に立つと、足がすくむような高さでした。波が岩肌にぶつかって白い泡を吹き上げる様子を見て、誰かがふざけて「これ、落ちたら一瞬で終わるな」と笑いました。私はその冗談に乗らず、ただ足元の不安定さを感じながら、少し離れた場所から彼らを見ていました。
「おい、なんか変な音がしないか?」
誰かがそう言い出しました。風の音に混じって、確かに何かが聞こえてくるような気がしました。最初は、ただの波の音だと思ったんです。でも、それは波の動きと全く合わないタイミングで聞こえてきた。「ざざっ」という砂を引きずるような音。そして、「誰か」の声のようにも聞こえました。
「おい、やめろって。冗談じゃ済まないから」
誰かが焦った声を出しました。でも、他の誰もふざけてなんかいなかった。私達はみんな同時にその音を耳にして、立ち尽くしていたんです。
そのとき、私達の後ろで「カサッ」と足音がしました。反射的に振り返りましたが、そこには誰もいませんでした。ただ、わずかに草が揺れているのが見えただけです。風のせいだと自分に言い聞かせましたが、あのときの胸のざわつきは今でも忘れられません。
そして次の瞬間、ひとりの友人が崖の縁に引き寄せられるように歩き始めました。
「おい、どうしたんだよ!」
慌てて駆け寄り、その肩を掴みました。友人は無言で、ぼんやりと断崖の向こうを見つめています。目の焦点が合っていないようで、私達が声をかけても、ただじっと海の向こうを見ているんです。
その友人を何とか引き戻し、車に戻ったときには、全員がぐったりしていました。結局、その友人は何も覚えていませんでした。ただ、「誰かに呼ばれた気がした」とだけつぶやきました。
あの場所に行ったことを、私は後になって深く後悔しました。あの音、あの声、そして友人の奇妙な行動――何かが私達を試すように、呼び寄せるようにしていた気がしてなりません。遊び半分で足を踏み入れてはいけない場所が、この世には確かにあるのだと、あのとき初めて知ったのです。
春先の断崖の記憶は、今でも夢に出てきます。冷たい風と、聞こえたはずのない声とともに。
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