水底の明かり

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友人の小野が大学時代に体験した話です。彼が所属していた地元のアウトドアサークルでは、夏休みに湖へキャンプに行くのが恒例だったそうです。ある年、その湖畔で過ごした一夜が、彼の人生で忘れられない出来事となりました。

その日は、昼間から泳いだり釣りをしたりして、思いっきり楽しんだ後、湖畔で焚き火を囲みながら皆で語り合っていました。空には満天の星が広がり、波の音だけが静かに聞こえてくるような穏やかな夜でした。

夜も更け、そろそろ寝ようかという頃、小野はふと一人で湖のほとりへ行きたくなったそうです。テントの中に入るのが惜しいほど美しい夜景だったのです。湖畔に座り込んで水面を見つめていると、不意に水中に奇妙な光が見えました。

それは、静かに揺らめきながら、湖底でゆっくりと動いているように見えました。最初は月の光の反射かと思いましたが、どうも様子が違います。明かりは小さく、赤みがかった色をしていて、次第に彼のいる岸辺に向かって近づいてきたのです。

気味が悪くなり、その場を離れようとした小野でしたが、どうしてもその明かりから目を離すことができませんでした。近づくにつれ、光が人の形をしたものを照らし出しているように見えたのです。

「何か沈んでいるのか……?」

そう思いながら、足を踏み出そうとした時、その明かりがふっと消えました。まるで、水底の奥深くに吸い込まれていったように。

焚き火の元に戻ると、仲間たちにそのことを話しましたが、誰も信じようとしませんでした。けれど、翌朝、湖畔を散策していた一人が小さな木製の灯籠の破片を見つけたのです。それはこの湖で行われる供養祭で使われるものに似ていました。

小野はその後、地元の人にその話を聞いたそうです。すると、「その湖では、昔、水難事故で亡くなった人を慰めるために灯籠流しをしていた。でも、近年はもう行われていない」と教えられました。

その話を語る小野はいつもの彼らしく、淡々としていました。でも、最後に彼が言った言葉だけは今でも覚えています。

「その時見た明かりは、もしかしたらただの光の反射に違いないんだろうけど、なんだか妙な気になるよ」

静かな湖面に浮かぶ明かり――それは、今でも小野の記憶の底に揺らめいているのかもしれません。

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