あの出来事は、中学校の廊下が薄暗くなり始めた放課後、静けさの中で起きました。部活が終わった僕たちは、校舎の裏手にある古い倉庫を通り抜けて帰ろうとしていました。そこはほとんど使われておらず、倉庫の鍵は錆びついていて、誰も近づかない場所でした。
その日も、何の気なしに通りかかった時でした。
「開けてくださーい!」
突然、倉庫の中から叫び声が響いたのです。僕たちは思わず足を止め、顔を見合わせました。明らかに人の声でした。けれど、その声には妙な不自然さがありました。人が叫んでいるようでいて、どこか機械的な響きが混じっているのです。
「誰かいるのか?」
友人の一人が勇気を出して倉庫の扉に近づき、中に向かって声を掛けました。しかし、返ってきたのは再び同じ叫び声だけでした。
「開けてくださーい!」
それは先ほどと全く同じ調子で、抑揚もまるで変わらないものでした。まるで録音された声を繰り返し再生しているかのように。
僕たちは不気味さに耐えきれず、一旦その場を離れることにしました。帰り道、誰もその声の話をしようとはせず、ただ黙々と歩きました。しかし、その日以来、「開けてくださーい」の声は噂になり、学校中に広まりました。
部活帰りの生徒が声を聞いたという報告が相次ぎ、中には倉庫の中を覗こうとした生徒もいましたが、鍵は固く閉ざされており、誰も中を見ることはできませんでした。ただ、その声を聞いた生徒たちは皆、口を揃えて言うのです。
「まるで、その声が自分にだけ向けられているみたいだった」と。
数日後、僕たちも再びその声を確かめに行くことになりました。夕方の薄暗い校舎の中、例の倉庫の前に立つと、周囲の静けさが妙に際立ち、不安が胸を締めつけました。
しばらく待っても何も起こりませんでした。しかし、僕たちが倉庫を背にして帰ろうとした瞬間、突然背後から響きました。
「開けてくださーい!」
僕たちは一斉に振り返りました。その瞬間、倉庫の鍵が何もしていないのに、がちゃりと音を立てて揺れました。中から誰かが鍵を掴んで回しているかのようでした。
怖くなった僕たちは全速力でその場を離れました。それ以来、誰もその倉庫に近づこうとしなくなり、しばらくすると声も聞こえなくなりました。ただ、倉庫の前を通るたびに、どこからともなく視線を感じることがあります。
結局、「開けてくださーい」という声の正体が何だったのか、僕たちは知ることができませんでした。けれど、あの声を思い出すたびに感じるのです。それはただの「お願い」ではなく、もっと深い、何か得体の知れない執着が込められていたのではないか、と。
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