それは、数年前の夏の夜でした。職場の飲み会が終わり、私は終電を逃してしまい、仕方なくタクシーを拾うために繁華街の端を歩いていました。少し酔いが回っていたものの、夜風が気持ちよく、急ぐ気にもならず、ぶらぶらと人気の少ない通りを進んでいました。
その道は昼間でもあまり人通りがなく、夜になるとほとんど誰もいません。街灯の光も薄暗く、まばらに照らされた路地に、私以外の気配は感じられませんでした。
その時です。前方に、人影が見えました。よく見ると、スーツを着た中年の男性が、一人でふらふらと歩いているようでした。酔っ払っているのか、足取りが不安定で、少しふらつきながら進んでいました。
最初は特に気にせず、距離を縮めながら後ろを歩いていました。けれども、だんだんと違和感を覚えるようになりました。その男性の肩のあたりに、何か赤いものが見えたのです。最初はネクタイが緩んで垂れているのかと思いましたが、よく見ると、それは布のようなものが肩から胸、背中にかけて巻き付いているように見えました。
「なんだろう?」と思いながら近づいていくと、それが「赤いワンピース」だと気づきました。鮮やかな赤色の布が、まるで男性の体に絡みつくようにまとわりついていました。でも、その着方が普通ではありません。まるで誰かがそのワンピースを着たまま、無理やり男性にしがみついているように見えたのです。
男性の肩から腕、背中にかけて、不自然な膨らみがありました。特に肩の部分には、人の頭の形を思わせる膨らみが、ワンピース越しに浮かび上がっていました。
気味が悪くなり、私はその場で足を止めました。男性は気づく様子もなく、ふらふらと歩き続けています。けれども、彼がふと足を止め、ゆっくりと振り返ったのです。
その瞬間、血の気が引きました。男性の顔は普通でしたが、その背後――赤いワンピースが巻き付いている部分――そこに、うっすらと顔のようなものが浮かび上がっていました。口元が少し歪み、笑っているようにも見えました。
男性は私の方をじっと見つめたまま、何も言わずにまた歩き出しました。その動きに合わせて、赤いワンピースの布が揺れるのですが、その揺れ方が風によるものではなく、何かが内側で動いているように見えました。
怖くなった私は、その場から全力で離れました。後ろを振り返ることもできず、ただタクシーを拾うまでひたすら走り続けました。
翌日、その路地で何か事故があったという話は聞きませんでした。けれども、あの赤いワンピースが一体何だったのか、そして男性に何をしていたのか、今でも答えは分かりません。
夜道を歩くたび、ふとした影に赤い色が見えると、今でも背筋が寒くなります。あれはただの酔っ払いの見間違いだったのでしょうか、それとも……。
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