虫干し

スポンサーリンク

俺の祖父母の家には、毎年夏の終わりに「虫干し」をする習慣があった。祖母は特に古い着物や掛け軸を大事にしていて、それらを一日中庭に干して、湿気と虫を防いでいた。

その年も、俺は祖母の手伝いで虫干しをしていた。着物を広げ、掛け軸を風に晒していたんだけど、ふと奇妙なことに気づいた。干している物の中に、見慣れない掛け軸が混ざっていたんだ。俺は祖母に尋ねた。

「これ、いつの掛け軸?」と聞くと、祖母はしばらくじっとその掛け軸を見つめた後、首をかしげた。

「さあねぇ、見覚えがないね。おじいちゃんの遺品かもしれないけど…」と言った。

その掛け軸は、墨で描かれた荒々しい風景画だった。山と川が描かれていて、どこか物悲しい雰囲気が漂っていた。だが、それ以上に気になったのは、その絵がどこか生々しく感じられることだった。

夕方になり、俺は掛け軸を片付けようとした。すると、掛け軸の中の川が微かに揺れているように見えた。気のせいだと思いながら、もう一度よく見ると、今度は絵の中の山から煙が立ち上っているのが見えたんだ。

俺は驚いて祖母を呼び、もう一度掛け軸を見せたが、今度は普通の絵に戻っていた。祖母は笑いながら、「疲れてるんじゃないの?」と冗談めかして言ったが、俺はその夜、不安で眠れなかった。

次の日、祖母がその掛け軸を再び広げた時、彼女の顔が青ざめた。絵の中に、着物姿の小さな人影が一つ、川のほとりに立っていたのだ。祖母は震えながら言った。「この掛け軸、いつもこんなじゃなかった…」

俺たちは急いで掛け軸を片付けようとしたが、その瞬間、部屋の中にひんやりとした風が吹き込んできた。掛け軸が勝手に広がり、その人影が動き始めたのだ。

「これ以上はまずい」と、祖母が言い、急いでその掛け軸を仕舞い込んだ。それ以来、その掛け軸は誰の目にも触れることなく、蔵の奥深くにしまわれた。

あれは一体何だったのか、今でもわからない。虫干しのたびに、俺はあの掛け軸のことを思い出す。そして、あの中で今も誰かが動いているんじゃないかと、少し怖くなるんだ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました