消えた

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大学時代に、一人の友人が消えたことがありました。何の前触れもなく、ある日突然、僕らの目の前から姿を消したんです。

その友人は、いつもは飄々としていて、どこか他人事のように笑うタイプでした。でも、消える直前の彼は妙に落ち着きがなくて、僕たちの輪にも加わらず、ひとりでいることが多かった。口数も減っていて、何かを抱えているのは明らかでした。けれど、僕たちはそれを深く追及しませんでした。彼が何かを抱えているように見えたのは確かですが、大学生活の中で、そういう時期は誰にでもあるものだと思っていたからです。

最後に彼を見たのは、大学の図書館でした。僕が資料を探していると、彼が小さなメモ帳に何かを書き込んでいるのが目に入りました。遠目に見ても、それは普通のメモやノートではなく、何か不思議な図形のようなものを書いているように見えました。幾何学的な模様とでも言えばいいでしょうか。それに、彼の手元が微かに震えていたのが印象的でした。

「何をしているんだろう?」と気になって声をかけようとしたんですが、彼は僕に気づかないまま、さっと立ち上がって図書館を出て行きました。それが彼を見た最後の瞬間でした。

次の日、彼は研究室に来ませんでした。僕たちは最初、「寝坊でもしたのかな」と軽く流していたんですが、そのまま何日経っても彼から何の連絡もありませんでした。やがて教授が警察に連絡をして、彼の部屋を調べることになりました。

部屋から見つかったのは、書きかけの論文や教科書、そしてあのメモ帳だったそうです。ですが、そのメモ帳に何が書かれていたのか、僕たちには一切知らされませんでした。噂では、何か異様な内容だったという話もありますが、具体的なことは誰も教えてくれませんでした。

その事件以来、僕らの研究室には妙な不安が漂っていました。彼がいなくなったという事実だけでなく、彼が何を抱えていたのか、何を考えていたのかが分からないことが、僕らの心に影を落としていました。それを聞いて、どう思うかは分かりません。でも、消える直前の彼のあの震える手元と、メモ帳の中身が今でも時折、頭に浮かぶんです。

今となっては、それが何だったのかを知るすべはありません。ただ、あのとき、もっと彼に声をかけるべきだったのかもしれない。そんな後悔が、僕の中で消えることはありません。

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