溶ける人

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それは、夏休みのある日の夕方でした。日中はうだるような暑さで、空気がじっとりと肌にまとわりつくほどでした。私は用事を終えて自転車で帰宅する途中、何か妙な気配を感じて立ち止まったんです。夕焼けに染まる街並みの中で、あたりは赤みを帯びた光に包まれていましたが、そのときだけ、周囲が一瞬静まり返ったように感じました。

ふと視線を先に向けると、道の向こうに人影が見えました。背格好や服装は普通の人間に見えたのですが、その動きが奇妙だったんです。立ち尽くしているかと思えば、突然フラフラと歩き始め、また止まる。その繰り返しをしていました。

最初は熱中症かなとも思ったのですが、近づいていくにつれて異常さに気づきました。その人、全身がゆっくりと「溶けている」ように見えたんです。肩から滴り落ちるように肉が垂れていて、腕の一部がまるで蝋燭が溶けるように滑り落ちていく。顔も同様で、輪郭が崩れ、液体のように流れ落ちていました。

恐怖に駆られ、距離を取ろうと後ずさりした瞬間、その人影がピタリと動きを止め、こちらに顔を向けました。目が合ったと思ったのですが、瞳がどこにもありませんでした。ただの暗い穴のようなものが顔の中央にぽっかりと開いていて、その穴の中から何かを凝視されているような感覚がありました。

全身が硬直し、動けなくなりました。何か叫ぼうとしても声が出ず、汗が背中を伝う感覚だけがやけに鮮明でした。その人影が一歩こちらに近づいたとき、遠くから自転車のベルの音が聞こえました。その音で我に返った私は、慌ててその場から自転車を走らせました。振り返る勇気はありませんでした。

家に着いてからも、あの人影の溶けていく様子や無表情の顔が頭から離れませんでした。次の日、その道を通りかかったとき、特に異常なものは何もなく、いつも通りの風景が広がっていました。でも、あの瞬間の暑さや空気の重さは、私にとって現実以上の現実感を伴った記憶として、今でも残っています。

あれが何だったのか、溶ける人間が実在したのか、それとも暑さのせいで私の頭がおかしくなっていたのかは分かりません。ただ、一つだけ確かなのは、あの夕暮れの街で見たものが、私の記憶から消え去ることはないということです。

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