私の妹は私より三つ年下で、幼い頃からどこか不思議な子でした。小学校の低学年の頃、誰もいない部屋に向かって話しかけていたり、一人で笑っていたりすることがありました。子ども特有の想像力だと思って特に気にしていなかったのですが、あるとき、妹がこんなことを言い出したんです。
「お兄ちゃん、昨日の夜、部屋に来た人、怖かった?」
その一言にぎょっとしました。私は自分の部屋で寝ていただけで、誰も来るはずがないんです。「誰のこと?」と聞くと、妹は「背が高くて、黒い服を着た人だよ。ずっとお兄ちゃんの足元に立ってた」と平然と答えました。私はゾッとして、「そんな人来てないよ」と言いましたが、妹は「でも、私には見えたよ」と言い切りました。
その夜から、妙なことが起き始めました。寝ているとき、部屋の隅からじっと見られているような感覚があったり、何もしていないのに部屋の中で「コツ、コツ」という足音が聞こえたりしました。最初は疲れているせいかと思いましたが、どうしてもその感覚を無視できなくなり、妹に尋ねました。
「最近、また何か見えるのか?」
妹は少し困った顔をして、「うん、でも言わないほうがいいって、その人が言ってる」と言うんです。「その人って誰だよ」と聞き返すと、妹は真顔で「黒い人だよ」とだけ答えました。その後、妹は何も言わなくなり、私も深く追求しないことにしました。
ただ、最後に一度だけ妹がこう言いました。「あの人、お兄ちゃんが大人になったらいなくなるって言ってた。でも、それまではお兄ちゃんを見てるんだって。」
あれから数年が経ち、妹も成長し、あの話題はすっかりしなくなりました。でも、今でも夜中にふと目を覚ましたとき、部屋の隅を確認する癖が抜けません。妹が本当に何かを見ていたのか、それともただの子どもの空想だったのかは分かりません。ただ、あの夜の冷たい視線の感覚だけは、未だに記憶にこびりついています。
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