夜中に聞こえる機関車の音

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友人がその話をし始めたのは、夏休みの初めのことでした。「最近、夜中になると機関車みたいな音が聞こえる」と言うんです。最初は冗談かと思いました。近くに鉄道はありませんし、機関車なんてずっと前に姿を消しているはずですから。

でも、彼の様子は本気でした。「毎晩、決まって2時頃に聞こえるんだ。シュシュッ、ポォーッって音がするんだよ。窓を開けると、遠くでその音が動いてるのがわかるんだ」と。彼は半分興奮しながら、半分怯えたような表情で話しました。

ある日、彼の家に泊まり、確かめることにしました。深夜、窓の外を見ながら耳を澄ませていると――確かに聞こえたんです。どこか遠くから「シュシュッ」という蒸気の音。それから「ポォーッ」という汽笛のような音が、夜の静けさを切り裂くように響きました。

しかし、音が近づいてくるわけではなく、一定の距離を保ちながら動いているようでした。私は少し奇妙に思いながらも、「ただの風の音じゃないか?」と友人に言いました。けれど、彼は首を振りました。

「違うんだ。俺、一度その音を追いかけたんだよ」

その話を聞いた瞬間、部屋の空気が重くなった気がしました。彼は深夜に音がする方向を目指して外に出たことがあると言います。そして、音を追いかけるうちに、近所でも見たことのない場所に迷い込んでしまったと。

「そこには、線路があった。ボロボロの、草に埋もれた線路。でも、音だけがその上を通り過ぎていくんだ。列車の姿なんてどこにもない。ただ音だけが……」

彼は震えながら続けました。「戻ろうと思った時、汽笛がやけに近くで鳴ったんだ。背中に風を感じて、まるで何かがすぐ後ろを通り過ぎたみたいだった。それから急いで帰ったけど、それ以来、夢の中でも同じ音を聞くんだよ」

その後、友人はその話をすることがなくなりました。音を聞かなくなったのかと聞いても、答えは返ってきません。ただ、一度だけ彼がつぶやいたのを覚えています。

「機関車じゃなかったかもしれない」

その言葉の意味を、私は今でも考えています。あの音は一体何だったのか、友人が何を追いかけたのか何が彼を見つけたのか。答えを知るのが怖くて、確かめることはありませんでした。

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