硝子を割る遊び

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商店街は、妙に活気がなく、どこか暗い雰囲気が漂っていました。暑さで人通りも減り、シャッターを下ろした店が増えていたせいかもしれません。でも、それ以上に街を陰気にしていたのは、あの「遊び」のせいでした。

最初にそれが流行りだしたのは、私たちの近所の子供たちの間でした。空き缶を投げつけて硝子を割る――ただそれだけの単純な行為が、何故か次第に「度胸試し」としてエスカレートしていったんです。廃屋の窓や、使われていない倉庫の硝子を狙うだけならまだしも、営業している店にまで手を出す子も現れました。

私たちの共通の友人の中にも、それをやっている奴がいたのを覚えていますか?仮に「B」としましょう。Bは、普段は気さくでどこか憎めない性格の男でしたが、この遊びに関しては異常なほど熱中していました。彼は他の子供たちに比べてやたらと頻繁に商店街を徘徊していて、「今日はどこで硝子を割った」と自慢げに話すこともありました。

でも、ある日を境にBはこの遊びについて話さなくなりました。それどころか、彼自身がどんどん様子がおかしくなっていったんです。表情は暗くなり、他人と目を合わせることを避け、外に出ることもほとんどなくなりました。

その変化が起きたきっかけを、私は後から耳にしました。Bが夜中に一人で商店街の硝子を割りに行った時のことです。
その日は風もなく、月も雲に隠れた暗い夜だったそうです。Bは商店街の中央にある、小さな洋品店の硝子を狙って石を投げました。乾いた音とともに硝子が割れる感触があり、Bは満足げにその場を立ち去ろうとした。

でも、その時――割れた硝子越しに、何かが動いたのを見たと言います。

Bは最初、それを店主か誰かが見回りに来たのだと思い、慌てて身を隠そうとしました。しかし、窓の向こうに立っていたのは人ではありませんでした。それは、何か「黒い塊」のようなものでした。輪郭は曖昧で、霧のように揺らめいていたそうです。その中に目が――いや、目のようなものがいくつも浮かび上がっていて、それがじっとBを見つめていました。

恐怖で動けなくなったBの耳に、低い声が聞こえたそうです。それは言葉というより、頭の中に直接響くような音でした。

「数が足りない」

Bはそのまま逃げ出し、家に戻ったそうです。でもそれ以来、彼は「何かに見られている」という感覚に取り憑かれ、外に出ることを極端に恐れるようになりました。そして、商店街の硝子を割る遊びも、あの日を境に急に下火になりました。

私たちの間でも、あの洋品店の硝子には何かあるんじゃないかという噂が広まりました。誰も真相を確かめに行こうとはしませんでしたが、店の前を通るたびに無意識に足が速くなったのを覚えています。

Bが見た「黒い塊」とは何だったのか。そして、「数が足りない」とは何を意味していたのか。

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