あの夏、私たちは毎日のように遊び回っていました。近所の川や山、そして夕方になれば駅前の小さなバス停に集まっては、ただ話をするだけの日もありましたよね。あのバス停、覚えていますか?ぼろぼろの屋根と、手書きの時刻表が貼られた看板。それに裏手には小さな茂みが広がっていて、子供たちが秘密基地みたいにして遊んでいました。
でも、あの日――夕暮れ時にバス停の裏へ行った時のことは、今でも忘れられません。
あれは薄曇りの夕方でした。日が沈む直前で、空は赤紫色に染まり、遠くの山並みがぼんやりと影絵のように見えていました。私たちはいつものようにバス停に座って、何気ない話をしていたんです。誰が言い出したのかは覚えていませんが、「バス停の裏に行ってみよう」という話になりました。
裏手には細い獣道があって、そこを抜けると茂みの中にぽっかりと空間が開いていました。まるで誰かが意図的に手入れしたような空き地で、真ん中に古い石碑のようなものが立っていました。苔むして文字は読めなかったけれど、不思議な威圧感がありました。
友人の一人がその石碑に触れながら、「これ、何のためのものだろうな」と言ったのを覚えています。その声が妙に反響して、周囲が急に静かになったんです。風も止まり、蝉の声すら聞こえなくなった。ただ、茂みの中から妙な音がしました。
それは、「カサカサ」という乾いた音でした。最初は風で木の葉が揺れる音かと思いました。でも、それにしては音が規則的すぎる。私たちは立ち止まり、耳を澄ませました。その音は、私たちのいる空間をぐるりと囲むように動き回っているようでした。
「……誰かいるのか?」友人が声を上げました。でも返事はありません。音は一瞬止まり、次の瞬間――何かが茂みから覗いていました。
それは人の顔のように見えました。けれども、目や鼻、口の位置がどこかずれている。まるで何か別の生き物が人の顔を真似て作ったかのような、不完全な顔でした。それが、茂みの間からじっとこちらを見つめていたんです。
誰も動けませんでした。私たちはその「顔」に捕らえられたように、ただ見つめ返すしかなかった。すると、それが茂みからするりと出てきました。いや、それは体を持たず、顔だけが空中を滑るように動いてきたんです。
「帰ろう!」誰かが叫びました。その声で我に返った私たちは、一斉にバス停の方へ駆け出しました。後ろを振り返る余裕なんてありません。ただ、あの「顔」が近づいてくる気配だけが、背中に張り付いていました。
バス停に戻ると、私たちはそのまま言葉もなく解散しました。誰も家族には何も言わず、次の日もその次の日も、バス停には近づきませんでした。
あれは何だったのでしょうね。友人の中にも、あの日のことを話したがる人はいません。ただ、一つだけ妙なことがあります。私たちが逃げる途中、バス停のそばに立っていた看板――その裏に、小さな文字でこう書かれていたんです。
「あそこには入るな」
それが誰の警告だったのか、なぜあんなところに書かれていたのか――いまだにわかりません。でも、もう二度とバス停の裏には行きたくありません。きっと友人も、同じ気持ちでしょう。
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