川から流れてきた人

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あれは夏休みの中盤、まだ空が青く澄み切っていた午後のことだった。友人と私は、暑さを避けていつもの川辺に行った。川は浅くて流れも穏やかで、涼しい風が吹き抜けていた。私たちは足を水につけたり、小石を投げて遊んでいた。

そんな時だった。遠くから、何かが流れてくるのが見えた。最初は大きな枝か流木だと思った。でも、流れに乗って近づいてくるそれは、次第に形を明確にしていった。

「……人?」
友人がそう呟いた瞬間、私は心臓が止まるような感覚に襲われた。それは、間違いなく人だった。うつ伏せで川の流れに身を任せるように浮かんでいた。

慌てて川の浅瀬に入り、手を伸ばして引き寄せた。友人も一緒に協力しながら、その人を岸へと運び出した。体は冷たく、服は泥で汚れていた。水に浸かっていたせいで皮膚は青白くなり、目を閉じているその姿は、まるで……。

「……生きてるのかな?」
友人が不安そうに呟いた。私は彼の手首に触れて脈を探った。微かにだが、鼓動を感じた。

「救急車を呼ぼう!」
慌ててポケットからスマートフォンを取り出したが、電波が届かず使えない。仕方なく、二人でその人を背負い、近くの道まで運ぶことにした。

その間、不思議なことがあった。背負ったその人が、突然小さな声で何かを呟いたのだ。それは言葉というよりも、断片的な音――「川……戻る……」というような響きだった。驚いて顔を覗き込むと、彼の目は開いていなかったが、確かに動いていた。

近くの道に出ると、通りがかった車を止め、事情を説明した。運転手の人が快く協力してくれて、ようやく救急車を呼ぶことができた。その後、救急隊員が到着し、その人を搬送していった。

数日後、警察から連絡があった。あの人は意識を取り戻したものの、どこから来たのか、なぜ川に流れていたのかを何も覚えていないという。身元も分からず、記憶を辿る手がかりはないままだった。

しかし、あの日以来、川辺に行くと妙な感覚がある。水面を見つめていると、どこからともなく囁き声のような音が聞こえるのだ。「戻る……」という言葉が風に乗って届くような、不思議な感覚がする。

あの人が何者だったのか、川に流れていた理由は何だったのか――真相は今も謎のままだ。

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