それは、夏の終わり頃のことだった。まだ日中は暑さが残るものの、夕暮れになると少し涼しくなり、秋の気配が漂い始めていた。友人と二人で散歩をしていた時、ふと足元に転がる空き缶を見つけた。古びていて、色あせたラベルには見たことのないロゴが描かれていた。
「こんな缶、最近見ないよな。」
友人が拾い上げてそう言った。確かに、今ではあまり見かけない形状の缶だった。しかも、不思議なことに、その缶には微かに錆びた痕跡があるのに、中身が入っているような重みがあった。
「開けてみる?」
私が提案すると、友人は少し躊躇しながらも頷いた。そして、缶のプルタブを引き上げた瞬間――信じられないことが起きた。
缶の中から響いたのは、液体の音ではなかった。それは、まるで遠くから聞こえる人の声のようだった。しかも、複数の声が重なり合っている。小さなささやき声、かすかな笑い声、時折混じるすすり泣きのような音。それらが混沌とした音の渦となり、缶の中から漏れ出していた。
友人と私は顔を見合わせ、缶をそっと地面に置いた。その音は次第に大きくなり、やがて風の音と混ざり合って消えていった。
「何だったんだ……?」
友人が震えた声で呟いた。その時、私は妙な既視感を覚えた。この空き缶、どこかで見たことがあるような気がしたのだ。でも、それがいつどこだったのかは思い出せなかった。
その夜、家に帰ってからも頭から離れなかったのは、あの缶の中から聞こえた声だ。耳を澄ませば、まだ遠くからささやくような音が聞こえる気がして、眠れなかった。
翌日、再び同じ場所を訪れてみたが、あの空き缶は消えていた。代わりに、地面には円を描くように焦げた跡が残っていた。
それ以来、その場所を通るたびに不思議な感覚に襲われる。空き缶を拾うのは、何気ない行動に思えたけれど、私たちはあの日、何か異質なものに触れてしまったのだろうか。今でも時折、風の音に紛れてあの声が聞こえる気がするのは、気のせいだと思いたい。
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