テニスを終えた帰り道、茜色の夕暮れが街を包んでいた。額に浮かぶ汗を拭いながら、友人と他愛のない話をしつつ、穏やかな気持ちで歩いていた。その空気が、あの角を曲がった瞬間、一気に変わるとは思いもしなかった。
道端にしゃがみ込んでいる男が目に入ったのは、何の前触れもなくのことだった。彼は小さな石像のようなものを地面に置き、その上に大きな石を振り上げていた。力任せに叩きつけられる石が繰り返し響き、何かが壊れる鈍い音が空気を震わせていた。
私たちは思わず立ち止まり、顔を見合わせた。「何をしてるんだろう?」と友人が囁く。その声には、ほんの少しの好奇心と、それ以上の警戒が滲んでいた。
ゆっくりと近づくと、男が叩いていたものが見えた。それは、小さな動物を模した石の彫像のようだった。頭部はすでに砕け、胴体にもひびが入っている。男は無心にそれを叩き続けていたが、その手は震え、汗が滴り落ちていた。
突然、男が動きを止めた。彼の視線が、鋭く私たちに向けられた。その目――そこには感情の欠片もなく、底知れない虚無だけが広がっていた。
「……見るな。」
低く掠れた声が静寂を裂いた。その声は、怒りとも怯えともつかない、不安定な響きを持っていた。私たちは息を呑み、硬直した。
友人が私の袖を引いた。「行こう」と小さく囁き、私はようやく足を動かした。背を向けて歩き出すと、再び石を叩く音が聞こえ始めた。それはまるで、私たちがいなくなったことに安堵するように、あるいは焦燥を紛らわすかのように響いていた。
音はしばらく耳から離れなかった。家に帰っても、男の目が頭の中に焼き付いていた。その目は、ただの狂気ではない。もっと深い、何か人間の根底にある「破壊」そのものを映しているようだった。
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