透の最後の夏

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あれは、夏の盛りだった。むせかえるような湿気と、耳を覆うほどの蝉の声に包まれた日々。透が亡くなったという知らせを受けたのも、そんな暑い午後のことだった。

電話の向こうで、透の母親の震える声を聞きながら、私は現実感を失ったような気分になっていた。「事故だった」という言葉が、何度も頭の中で反響していたけれど、どこかに引っかかりを感じていた。その少し前、透は私たちに、妙な話をしていたからだ。

「最近、夜中に変な音がするんだよ。窓の外から、何かが……」
透がそう言った時、私たちは冗談だと思って笑い飛ばしていた。夏の怪談話に乗じて、透がいつもの調子でからかっているだけだと。だけど、透の表情はいつになく真剣で、少し怯えているようにも見えた。

透が亡くなった場所は、近所の公園だった。夜中に一人で出歩いていたらしい。見つかった時、透はブランコの前で倒れていて、表情は穏やかだったと聞いた。でも、どうして夜中に公園にいたのか、誰にも分からなかった。

数日後、友人と一緒に透の部屋を訪れた。暑さの中でカーテンが揺れ、透が座っていた机の上には、未完のノートが残されていた。そこには、見覚えのない何かの記号や、断片的な言葉が書かれていた。

「見て、これ……」
友人がノートを開いて見せてくれた。そこには、こう書かれていた。

「迎えに来る。もうすぐ。」

その言葉を見た瞬間、背中に冷たいものが走った。ふと窓の外を見ると、風もないのに木の葉が揺れている。そして、蝉の声が一斉に止んだ。

その夜、友人と話をしていた時のこと。部屋の片隅から、かすかな音が聞こえた。それは足音のようにも感じられた。二人してその方向を見つめると、壁に何かがうっすらと映っていた――それは、人影だった。

「透……?」
誰が言い出したのか分からない。ただ、その影はしばらくの間じっと動かず、やがて溶けるように消えていった。

それ以降、透の話をする時には、必ずどこからともなく風が吹くようになった。そして、その風が過ぎ去るとき、かすかに誰かの声が聞こえるような気がするのだ。

透の最後の夏は、私たちに何を伝えたかったのか。未だに答えは見つからないけれど、あの風の音が響くたびに、彼の記憶が鮮やかによみがえる。

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