坂道

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俺がまだ実家に住んでいたころの話だ。あれは夏の終わり、蒸し暑さが残る夜のことだった。実家は地方の小さな町にあって、家の裏には小さな山があった。山へ続く坂道は舗装されていたけど、昼間でも人通りは少なく、夜になるとまるで別世界のように暗かった。

その日、俺は友達と夜遅くまで遊んで、最終バスで帰った。家に着く手前で、裏山への坂道が見える交差点を通る。普段は気にも留めないその道が、その夜に限ってやけに目に入ったんだ。

街灯がぽつりぽつりと続く細い道。登りきった先は真っ暗で何も見えない。なのに、俺の視線は吸い寄せられるように坂道を見ていた。そして気づいた。坂の中腹に、何かいる。

人だ。ぼんやりと立っているように見えた。最初は誰かが通りかかっているだけかと思ったけど、その人影は動かない。じっと坂の真ん中で立ち尽くしているようだった。

「変だな……」と思いながら、目を凝らして見ていると、突然、その人影がこちらを向いた気がした。

正確には、「向いた」と感じただけだ。顔の輪郭も見えないほど遠いはずなのに、なぜか視線を感じる。坂の上からじっと見下ろされているような、そんな感覚だった。

怖くなって目をそらし、急ぎ足で家に向かった。それでも気配は消えず、背中にまとわりつくようだった。家に着くなり、玄関のドアを閉め、鍵をかけてほっとしたのを覚えている。

次の日、昼間になってから、「あれは何だったんだろう」と思い返して、もう一度その坂道を見に行った。昼間の坂道はただの田舎の風景だ。昨日の気味悪さはどこにもなく、人影なんてもちろんない。

だが、坂の中腹、ちょうど昨日人影が立っていた場所に、一つの小さな石碑があるのに気づいた。古びていて文字はほとんど読み取れなかったが、かろうじて名前らしきものと、明治時代の日付が刻まれているのが分かった。

「こんなのあったか?」と思いながらじっと見ていると、後ろから声をかけられた。
「あそこ、夜行かないほうがいいよ」

振り返ると、近所に住む年配の女性が立っていた。顔を知っている程度の人だ。
「なんでですか?」と俺が聞くと、その人は少し困った顔をしてこう言った。

「昔、あそこで事故があったのよ。坂を登った先の道でね。あの石碑、若い人が亡くなった場所を示してるの。でも、不思議なことに、あの坂に立つ人を見たって話は、事故が起きるずっと前からあったのよ」

その言葉を聞いて、俺の背中に冷たいものが走った。坂道に立つ人影。それが何だったのか、俺には分からない。だが、それ以来、俺はその坂を避けるようになった。

実家を出た今でも、夜道を歩くとき、ふと坂道のことを思い出すことがある。あのとき感じた「見られている感覚」が、どこかでまた再び自分に降りかかるような気がして、時々振り返らずにはいられないのだ。

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