大学時代の友人に、写真が趣味の男がいた。彼の名前を仮に高橋としておこう。高橋はとにかく古い建物や廃墟を撮るのが好きだった。大学のサークル旅行でも、みんなが観光地で写真を撮る中、一人だけひっそりと廃屋に入ってはシャッターを切っていた。ある意味、変わり者だったけれど、作品は確かに美しかった。錆びた鉄扉やひび割れたコンクリートに、彼だけが見つける詩情があった。
その高橋がある日、大学近くの喫茶店で語ってくれた話が、いまだに心に引っかかっている。
「この前、昔使ってたフィルムカメラで写真を撮りたくなってさ、押し入れから引っ張り出したんだ。フィルムがまだ残ってたんだけど、途中で巻き戻してたみたいで、もしかしたら昔のが少し写ってるかもと思って、現像に出してみたんだよ」
彼は、昔のフィルムをそのまま放置していたことを笑いながら話していた。確かに、デジタル全盛の時代にフィルムを使うのは、彼の趣味らしいと思った。
「現像してみたらさ、案の定、廃墟の写真が数枚残ってた。でも、その中に一枚だけ変なのがあったんだ」
変な写真? そう聞くと、彼はスマホを取り出して、撮ったというその写真を見せてくれた。
映っていたのは、朽ちかけた木造の廊下だった。左右に歪んだ柱や、ひび割れた壁が特徴的だったが、よく見ると、廊下の奥に人影が写り込んでいる。白い服を着た細身の人だ。どことなく、体が不自然にねじれているように見える。
「これ、心霊写真とかそういうんじゃないのか?」と冗談半分で言うと、彼は苦笑いを浮かべた。
「いや、もっと奇妙なんだよ。だって、これ、俺が撮った記憶がないんだ」
そう言って、高橋は続けた。
「この廃墟、俺が撮影でよく行ってた場所だけど、こんな構図の写真を撮った覚えが全くない。しかも、このフィルムは途中まで使って、残りを何年も放置してたはずなんだ」
その時は、彼が単に撮影したことを忘れているのだろうと思った。しかし、彼はさらに続ける。
「それで気になって、久しぶりにその場所に行ってみたんだ。でも……もう、その廃墟、なくなってた。跡地になってたよ」
廃墟が消えること自体は珍しくない。再開発か、危険だから取り壊されたのだろうと考えた。しかし、彼は困ったような顔でこう言った。
「じゃあ、この写真の中に写ってるものは、何なんだろうな」
それ以降、高橋はその写真のことを語らなくなった。そして、さらに奇妙なことがある。数年後、彼が撮影していた写真をまとめた展示会に行った時、その廊下の写真が展示されていなかったのだ。
「あの写真は?」と聞くと、彼は短く答えた。
「ああ、あれ……もう持ってないよ」
それだけだった。
彼が写真を処分したのか、それとも別の理由があるのか。聞くのがなんだか怖くて、それ以上は尋ねなかった。それ以来、その白い服の人影が何だったのか、彼が撮った覚えのない写真はどこへ行ったのか、何もわからないままだ。
現実の話なのに、まるで悪夢の一場面のような話だと、いまだに思う。
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