人形の腸

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実家の物置を整理していたときのことだ。母が古い箱を指さし、「これ、お前が小さい頃に遊んでた人形じゃないか?」と言った。箱の中には埃をかぶった布製の人形が入っていた。顔立ちは簡素で、ボタンの目と糸で刺繍された口がかろうじて表情を作っている。

懐かしさというより、どこか薄気味悪さを感じた。記憶の中にこの人形が残っていない。それどころか、こんなものを持っていたこと自体に疑問を覚えた。

「これ、俺のじゃないよ」と言うと、母は不思議そうな顔をした。「そう? ずっと物置にあったのにね」と軽く流され、それ以上気にせずその場は終わった。

夜、自分の部屋に戻ると、妙な違和感を覚えた。閉じたはずの箱の蓋が少しだけ開いていたのだ。中を覗くと、あの人形が見えた。埃を払ったせいか、昼間よりもはっきりとした輪郭を持ち、じっとこちらを見ているようだった。

何かが気になり、人形を手に取った。布製の柔らかな手触り。だが、胴体の部分だけが妙に硬い。押すとコツコツと音がする。

「何か入ってるのか?」

そう思い、慎重に胴体を裂いてみることにした。古い布を少し切ると、そこから何かがこぼれ落ちた。それは、灰色がかった細長いもの。腸のような形状をしていた。

最初はただの糸の束だと思った。しかし、糸にしては異常にリアルで、触れるとぬめりがあり、嫌な臭いが漂った。慌てて手を引くと、切り裂かれた人形の中からさらにそれが溢れ出してきた。

胴体の中はすべて、それで満たされていた。腸のような、何かの内臓のような――そんなものが詰まっていたのだ。

私はパニックに陥り、人形を放り投げた。しかし、その瞬間、部屋の隅からかすかな音が聞こえた。

「……返して……」

声がした。いや、声というより、風に混じった囁きのような音だった。振り返ると、投げ捨てた人形が倒れた状態でこちらを向いていた。裂けた胴体から腸のようなものが垂れ下がり、その姿がどこか人間じみて見えた。

それ以来、あの人形を見ていない。次の日には家から捨ててしまったからだ。しかし、時折、夜中にふと目を覚ますと、耳元で「返して」という囁きが聞こえる。

そして気づいた。最近、私の腹部に妙な痛みがあることを。

鏡で確認すると、皮膚の下に何かが蠢いている。まるで、私の腸そのものが動いているかのようだ。思い出してしまった――あの人形が裂けたときに溢れ出た腸の形。それと同じものが、今、私の中で動いている。

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