廃墟の人

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大学の頃、仲間内で廃墟巡りが流行った時期がある。無人の工場や廃校、廃ホテル――どの場所も似たように荒れ果て、雑草や瓦礫が侵食しているだけの空間だった。それが奇妙な魅力を持ち、私たちは次の「目的地」を探し求めていた。

ある日、友人のKが面白い場所を見つけたと言ってきた。それは地元の山奥にある廃墟で、地図には載っておらず、地元民ですら存在を知らないという。彼がたまたまドライブ中に見つけたその場所は、コンクリートの古い建物がぽつんと立つだけの不気味な場所だったらしい。

休日、私たちは車を一台借り、Kに案内される形でその場所へ向かった。山道を抜けると、Kの言う通り、木々に囲まれた灰色の建物が現れた。周囲に人の気配はなく、車を降りると耳が痛くなるほどの静寂が支配していた。

「ここ、病院だったのかな?」

建物は確かに病院のような構造をしていた。ガラスが割れ、壁にはスプレーで落書きがされている。私たちは懐中電灯を片手に中へと入った。

廊下は埃まみれで、床には何かのゴミが散乱していた。天井は一部崩れ落ち、湿った匂いが漂っている。そんな中で、異様に目立つものがあった。それは、一室の中に整然と並べられた家具だった。

その部屋は他とは違い、ほこり一つない清潔な空間だった。古びたソファ、テーブル、椅子、そして隅に置かれたスタンドライトが、そのまま誰かが今でも使っているかのように配置されていた。

「誰か住んでるんじゃないか?」と誰かが囁いた。

そのとき、奥の壁際に目を向けたKが声を上げた。
「おい、あれ……人だよな?」

懐中電灯の光が照らした先、そこには人のような影があった。暗がりの中に立つそれは微動だにせず、こちらをじっと見つめているようだった。全員が息を飲み、動けなくなった。

「すみません、勝手に入っちゃいました」と誰かが声をかけたが、返事はない。ただその影がゆっくりと歩み寄ってくる。光を当てても、顔がわからない。ただ黒い輪郭だけが迫ってきた。

恐怖に駆られた私たちは一目散に逃げ出した。建物を飛び出し、車に乗り込むと、誰も振り返ることなく山を下りた。あの影が追ってきているような気がして、心臓が破裂しそうだった。

翌日、Kから連絡があった。

「おかしいんだ。昨日の写真、変なんだよ」

Kは廃墟の中で撮影した写真を確認したところ、誰もいないはずの廊下や部屋に、何かが写り込んでいたという。影や歪んだ顔が、画面の端にぼんやりと浮かんでいたのだ。

さらに奇妙なことが起きた。Kはその後、体調を崩し、外に出られなくなった。部屋には鍵をかけているはずなのに、夜中に廊下から足音が聞こえるのだという。そして、ある日を境に彼からの連絡は途絶えた。

彼の家を訪ねたとき、部屋の中は荒れ果て、彼の姿はどこにもなかった。ただ、机の上にあの廃墟の写真が置かれていた。その中央には、人影がくっきりと写っていた。

それ以来、私は廃墟に近づくことをやめた。だが、ふとした瞬間に人混みの中で、あの影に似た誰かを見かけることがある。

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