隙間

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私が今のアパートに引っ越してきたのは、一年ほど前のことだ。家賃が安く、駅からも近いという好条件で、迷わず契約を決めた。最初のうちは快適だったが、住み始めて数ヶ月が経った頃から、部屋のどこかに「隙間」を感じるようになった。

具体的には、夜になると、家具と壁の間や、クローゼットの隅に何かがいるような気配がするのだ。直接見えるわけではない。ただ、そこから微かな冷気が流れ込むような感覚や、視線を感じることが増えていった。

ある夜、友人を招いて飲んでいたとき、友人がふと「この部屋、変な感じがするな」と言い出した。気になって理由を聞くと、「あの本棚の隙間、誰か見てない?」と言うのだ。本棚と壁の間には確かに隙間があるが、ただの影でしかないはずだった。

冗談だろうと笑い飛ばしたが、翌日からその隙間が気になって仕方なくなった。視線を感じるだけでなく、夜になると微かに動くような気配さえする。寝室の扉を閉めて寝るようになったが、閉じた扉の向こう側からカサカサと何かが這うような音が聞こえる。

限界を感じた私は、引っ越しを決意した。そのため、退去前の掃除をしていたときのことだ。本棚を動かして壁との隙間を覗き込んでみた。そこには、何もなかった……はずだった。

だが、壁紙が剥がれかけた箇所に、妙なものを見つけた。何かの文字のような模様が書かれている。それは、ぐにゃりとした歪んだ筆跡で、「みている」と書かれていた。ぞっとして、その場を離れたが、今度は部屋中の他の隙間が気になり始めた。

家具を動かし、クローゼットの隅を確認し、ありとあらゆる隙間をチェックしてみた。そのすべてに、同じ文字が書かれていた。「みている」。

掃除を途中でやめ、慌てて部屋を飛び出した。隙間を埋めるようにと考え、荷物をすべて運び出し、部屋を明け渡したが、それでも終わりではなかった。

引っ越し先の新居でも、隙間が気になるようになった。どんなに気をつけても、家具と壁の間にはわずかな空間ができる。そして、ある夜、寝る前にふと本棚の隙間を覗き込んでしまった。

暗闇の中、何かが動いているように見えた。それは、人の目のようだった。

それ以来、私はどの隙間も見ないようにしている。けれど、視線だけはずっと感じ続けている。あれはどこへ行っても、私を「見ている」のだろう。

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