大学時代の夏休み、友人たちと山奥の渓谷へキャンプに行ったときのことだ。そこは観光地化されておらず、人の手がほとんど入っていない原生林が広がる静かな場所だった。静かすぎて、ふとした瞬間に背筋がざわつくような空気を感じることもあったが、みんなで騒いでいるとそんな不安はすぐに薄れていった。
ある日、渓流釣りに出かけた帰り道、友人の一人が「珍しいものがある」と言って呼び止められた。見ると、大きな蛇が道端に転がっていた。体長は2メートル以上、ずっしりとした胴回りをしている。だが、その蛇はすでに死んでいた。どこかから落ちたのか、岩に頭を打ちつけたのか、頭部が潰れていた。
「すげぇ、でかいな」と感心しながら、みんなで近寄って見ていたときだ。胴の途中が異様に膨らんでいることに気づいた。まるで大きなものを丸呑みした直後のように。
「何か入ってんじゃないか?」
誰かがそう言い出すと、半分冗談のようなノリで、腹を裂いてみようという話になった。自然の摂理に反する行為だと感じつつも、好奇心には逆らえなかった。小刀を持っていた友人が、蛇の腹にそっと刃を入れた。
その瞬間、蛇の体内から猛烈な悪臭が立ち込めた。思わず全員が後ずさる。中から現れたのは、不気味なまでに白い塊だった。毛のようなものが付いていて、最初は何かわからなかった。誰かが意を決してその塊を引っ張り出すと、それは何と、人の腕だった。
その場が一気に凍りついた。白い骨と皮膚だけの腕が、蛇の腹からずるずると出てきたのだ。その腕には、指輪が一つはめられていた。古びた銀色の指輪で、見るからに年代物だ。だが、それを手にした友人が、「やばい、動いてる」と言った。指輪の周りの皮膚が、まるで息をするように微妙に動いているというのだ。
怖くなった私たちはそれ以上調べることもせず、蛇をそのまま放置して逃げるように渓谷を後にした。だが、それで終わりではなかった。
キャンプを切り上げ、帰宅してから数日後。例の指輪を持ち帰った友人が、「おかしなことが起きる」と言い出した。夜中になると、部屋のどこかから何か這い回るような音がするのだという。さらに、腕を引っ張り出したときの感触が今も手に残っているような気がしてならない、と。
私はその話を聞いてすぐに「指輪を捨てたほうがいい」と勧めたが、彼はそれを聞かなかった。そして数日後、友人は行方不明になった。部屋には鍵がかかっており、窓も施錠されていたが、床には細長いぬめった跡が残っていたという。
今でも、あの蛇の腹に何が入っていたのか、本当のところはわからない。ただ、あの白い腕と指輪を思い出すと、胸の奥がひやりと冷たくなる。山の中には、決して見てはいけないものが眠っているのだろう。
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