祖父が亡くなったあと、遺品整理をしていたときのことだ。親戚一同が集まり、押し入れや箪笥の中から古いアルバムや日用品を引っ張り出していた。僕も手伝いながら、祖父の趣味だった写真のアルバムをめくっていた。
祖父の写真はどれも丁寧に整理されていて、昭和時代の町並みや、若き日の家族の姿が写っていた。懐かしさとともにページを進めていくと、ふと一枚だけ妙な写真があった。
真っ白な写真だ。
最初は何かの失敗作かと思った。しかし、裏には「昭和47年8月15日」とだけ書かれていた。日付を見ると、祖父がよく「人生で一番怖かった」と言っていた日と一致する。気になって祖母に聞いてみると、顔色を変えてこう言った。
「あの写真、まだ残ってたのね。捨てなさい。それは…よくないものだから。」
祖母のその様子に戸惑いながらも、僕は捨てずにその写真を持ち帰ることにした。
その夜、写真をじっと見ていると、どうにも目が離せなくなった。白いはずの写真に、何かが浮かび上がってくるような気がしたからだ。最初はぼんやりした影のようなものが見えた。それが次第に形を持ち、何かの風景になっていった。
それは広い野原のような場所だった。草が揺れているが、風の音も鳥の声もしない。そして、その真ん中に人が立っている。
いや、人ではない。形は人間のようだが、頭が異常に長く、手足が細すぎる。その「何か」は遠くにいるはずなのに、じっとこちらを見つめているような気がした。
目をそらそうとしたが、体が動かない。むしろ、写真の中に吸い込まれるような感覚さえあった。
突然、携帯が鳴った。ハッとして画面を見ると、知らない番号からの着信だった。迷った末に出ると、低い声が聞こえた。
「…見たね?」
鼓動が早まり、電話を切ろうとしたが、手が震えてうまく操作できない。声は続けてこう言った。
「戻せ。戻さないなら、お前もそこに…」
そこで電話は切れた。
怖くなり、写真を箱にしまい込み、実家の仏壇に供えた。祖母にそのことを話すと、ひどく叱られた。
「あの写真は見るものじゃない。絶対に触らないで。」
その後、僕の部屋には奇妙なことが続いた。夜中に窓を叩く音や、足音のようなものが聞こえる。それが終わったのは、祖母が写真を近くの寺に持っていき、供養してもらってからだった。
ただ、不思議なのはそのあとだ。供養が終わったとき、和尚さんがこう言ったそうだ。
「あの写真、元の場所に戻しましたよ。」
しかし、祖母も僕も、写真をどこに戻したのか誰も知らない。だから、もしかしたら、どこかの古いアルバムの中にまた紛れ込んでいるのかもしれない。
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