夜のバイトを終えて自転車を漕いでいた。道は田んぼに囲まれた細い一本道で、街灯がぽつぽつとあるだけ。風もなく静かで、聞こえるのはタイヤがアスファルトをこする音と、遠くで鳴くカエルの声だけだった。
その日は特に疲れていたから、早く帰ってシャワーを浴びて眠りたかった。けれど、ふと背中に違和感を覚えた。誰かに見られている気がしたのだ。
振り返っても誰もいない。ただ、自分の影が妙に長く伸びているのがわかった。街灯のせいだと思い、気にせずまたペダルを漕ぎ始めた。
しばらくすると、またその違和感が襲ってきた。振り返ると、今度は影が二つになっていた。自分の影のすぐ後ろに、もう一つ、少し小さめの影が重なっている。
「え…?」
声が出そうになったが、ぐっと飲み込んだ。後ろに誰かいるのかと思い、自転車を止めて振り返る。でも、やはり誰もいない。ただ、地面にその小さな影だけが残っている。
怖くなり、全速力で自転車を漕いだ。風が耳元を切り裂くように吹き抜ける中、振り返る勇気もなかった。ただひたすら前を向いて漕ぎ続けた。
やっとアパートが見えたとき、ふと気づいた。影がなくなっている。少しほっとして自転車を止め、玄関の鍵を開けようとした。
そのとき、背中にぽん、と何かが触れた感触があった。
振り向くと、そこには誰もいない。ただ、玄関のドアのガラスに映る自分の姿。その肩越しに、小さな人影が、僕の方をじっと見ているのが見えた。
逃げる間もなく、その影はふっと消えた。
それからというもの、夜道を通るたびに、背中に視線を感じるようになった。誰かがついてきているのかもしれない。
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