小学生のころ、僕たちの遊び場は町外れにある古びた鉄橋だった。線路の脇に大人が捨てたお菓子の袋やタバコの吸い殻が散らばっていて、子どもにとっては「大人の世界」を垣間見れる特別な場所だった。
鉄橋の下には小川が流れていて、夏になると水遊びをする子どもたちで賑わう。その先に続く獣道を進むと、広い空き地があり、古びた小屋が一つぽつんと建っていた。僕たちはその場所を「鉄橋の向こう」と呼び、秘密基地にしていた。
けれども、そこには一つだけ「ルール」があった。夕方5時を過ぎては行ってはいけない。それは先輩たちが代々言い伝えてきたことで、「夕暮れどきの鉄橋の向こうは“違う世界”に繋がっている」と話していた。僕たちも妙にその話を信じていて、自然と守っていた。
でも、あの日だけは違った。
夏休みの終わりが近づき、僕と友人のカズが秘密基地の整理をしに行ったんだ。いつものように鉄橋を渡り、道なりに進む。時計を確認するとまだ4時半だった。作業をしていると夢中になり、気がつくと外がうっすら赤く染まっていた。
「やばい、もう5時過ぎてるかも!」
慌てて荷物をまとめ、小屋を出た。そのとき、小屋の窓にちらっと人影が映った気がした。振り返っても誰もいない。カズに「何か見た?」と聞こうと思ったけど、彼はすでに先に走り出していた。
鉄橋が見える場所まで来たころには、日は完全に沈んでいた。僕たちは息を切らせながら鉄橋を渡ろうとしたが、いつもと何かが違った。
川の水がやけに黒く見える。風が全く吹かないのに、耳元で「ざわざわ」と何かがささやいているような音がする。そして、鉄橋の先、僕たちの町があるはずの方向が妙にぼやけて見えた。
「カズ、急げ!」と僕が叫ぶと、カズは振り向きもせず全力で走り抜けた。僕もそれに続こうとした瞬間、後ろから「おーい」と誰かが呼ぶ声がした。
思わず立ち止まり振り返ると、小屋の方に何人かの影が見えた。子どもたちのような姿だった。そいつらは手を振りながら「おいでよ」と言っている。暗くて顔は見えないけど、その声はなぜか聞き覚えがあった。まるで昔の友だちみたいに感じたんだ。
気がつけば僕は一歩、そちらに向かおうとしていた。でも、カズの叫び声が僕を止めた。「戻るな!」その声にハッとして、僕は全力で鉄橋を走り抜けた。
町に戻ったとき、時計を見ると6時を過ぎていた。でも、妙なことにカズの顔は真っ青で、「お前、5時ちょうどだったんだぞ」と震えていた。
その後、「鉄橋の向こう」には二度と行かなかった。いつの間にかその小屋も取り壊され、空き地にはマンションが建った。でも、たまに思い出すんだ。あの日、小屋の窓に映った影や、鉄橋の向こうから僕を呼んでいた声が何だったのか。
そして、あの声の中に、今は亡き幼なじみのトモの声が混じっていた気がしてならないんだ。
コメント