廊下の音

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私が小学生だった頃、古い団地に住んでいた。築年数は30年以上で、壁は薄く、隣の家の物音が聞こえるような場所だった。夜になると廊下が妙に静かで、誰もいないはずなのに「コツ、コツ」と歩くような音がすることがあった。

ある晩、家族がみんな寝静まった後、私はトイレに行こうとして廊下に出た。その時、向こうの端から「コツ、コツ」という音が近づいてきた。明らかに誰かがこちらに向かって歩いてくる音だった。

電気を点けてみても、廊下には誰もいない。それなのに音だけはどんどん近づいてきている。怖くなって部屋に戻ろうとしたが、足が動かない。音はさらに近づき、ついに目の前で止まった。

しかし、そこには何もいなかった。

翌日、母にそのことを話すと、「昔からそういう音が聞こえることがあるのよ」とさらりと言った。団地に住む他の人も、同じような話をしているらしい。

さらに聞くと、この団地が建つ前、この場所には長屋があり、火事で多くの人が亡くなったという噂があった。その夜、私は何かに取り憑かれたような気分で眠れず、布団の中で震えていた。

数日後の夜、また「コツ、コツ」という音が聞こえてきた。今度は家族全員が起きており、廊下を確かめに行くことになった。

父が懐中電灯を持って廊下を照らすと、遠くの壁際に影が見えた。小さな人影が、こちらを向いてじっと立っている。

次の瞬間、その影は音もなくスーッと消えた。

それ以来、「コツ、コツ」という音が聞こえることはなくなった。ただ、団地を引っ越してからも、夜になると遠くから足音が聞こえる気がする。

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