逆さまの部屋

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大学の友人から引越し祝いに誘われたのは、少し変わったアパートだった。築50年以上は経っていそうな古い建物で、階段の手すりは錆びつき、廊下の床もきしむ。その友人は家賃の安さに惹かれて入居を決めたと言う。

「ちょっと変な間取りだけど、慣れれば快適だよ」

そう言われ、ワクワクしながら部屋に入った私は、すぐにその違和感に気づいた。

天井に照明がない。いや、正確には、天井の代わりに床があり、家具が逆さまに取り付けられている。椅子やテーブル、収納棚まで、全てが頭上に「貼り付いている」ように見えた。

「なにこれ、どうなってるんだ?」

驚いて見回すと、友人は笑いながら「そう思うよな。でも不思議と慣れるんだよ」と答えた。確かに彼の部屋にはちゃんとした家具もあり、普通の生活ができているようだった。

その夜、泊まっていけと言われ、部屋の片隅に敷かれた布団に横になった。友人はシャワーを浴びに行き、部屋には私一人。

ふと天井、いや「頭上の床」を見上げると、逆さまになった椅子が少しだけ揺れているのに気づいた。風もないのに、不自然な動きだった。

気味が悪くて目を閉じたが、耳元で微かな音がした。

「コト、コト」

椅子が動いている音だ。目を開けると、頭上の椅子がゆっくりとこちらに向かって動いている。

その瞬間、全ての家具が一斉に揺れ出した。テーブルや棚が音を立てながらこちらに迫ってくる。必死で布団から飛び起きると、友人がちょうどシャワーから戻ってきた。

「どうした?」

慌てて頭上の動きを指さしたが、そこには何の異常もなかった。揺れていたはずの家具は静止し、まるで何事もなかったかのように見える。

友人に「本当に何か動いてた」と説明したが、彼は笑うだけだった。

翌朝、部屋を出る際、私はもう一度「頭上の家具」を見上げた。すると、逆さまのテーブルの隅に、何かが刻まれているのに気づいた。

小さな文字が掘られていた。

「下に行くな」

その場では意味が分からなかったが、不安を抱えたまま帰宅した。

それ以来、友人からの連絡が途絶えた。心配になり再びアパートを訪ねたが、そこにはもぬけの殻。管理人に尋ねても「そんな入居者はいない」と言われた。

そして、あの逆さまの部屋そのものが存在しなくなっていた。階段を登った先には、普通の天井と普通の部屋があるだった。

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