大学生の頃、バイトが終わるのがいつも深夜だった。駅から家まで歩いて帰る道の途中に、妙な袋小路があった。狭くて古びた路地で、奥には民家が数軒並んでいるだけ。道幅が狭すぎて車も通れないし、人通りもほとんどない。
ある晩、いつも通りその袋小路の前を通りかかった時、ふと中から足音が聞こえた。深夜2時過ぎの静まり返った街で、その足音はやけに響いた。
「誰かが帰宅してるのかな?」
そう思いながら横目で路地を覗いたが、そこには誰もいなかった。それなのに、足音は続いている。一定のリズムでこちらに近づいてくるような気がした。
気味が悪くて足を速め、早く家に帰ろうとした。
それから数日後のこと。また同じ時間帯にその袋小路を通りかかると、またしても足音が聞こえた。今度はよりはっきりと、靴底がアスファルトを叩く音だ。路地を覗き込むと、奥の方で黒い人影が動いているのが見えた。
背筋が寒くなったが、怖いもの見たさで足を踏み入れてみた。袋小路は意外と短い。奥にいる人影は、すぐに追いつけるはずだった。
しかし、いくら進んでも人影に近づけない。むしろ、路地がどんどん長くなっていくような感覚に陥った。振り返ろうとしても、すでに入り口が遠くに消えていた。
気づくと、私は奥の家の前に立っていた。その家は古びていて、窓には板が打ち付けられている。中から微かな光が漏れているのに気づき、玄関に近づいた。
すると、扉がギィ、と音を立ててゆっくり開いた。誰かが中にいるのかと思い、声をかけようとした瞬間、背後で足音が聞こえた。
振り向くと、そこには誰もいない。
ただ、足音だけが私の周りを回るように響き続けていた。
気づいたら自宅のベッドにいた。どうやって帰ってきたのか覚えていない。全て夢だったのかとも思ったが、ポケットには袋小路で拾った小さな鍵が入っていた。
翌日、その路地を確認しに行ったが、袋小路そのものが消えていた。代わりに、そこには真っ直ぐな道が伸びており、住宅街の一角になっていた。
ただ、夜になると、その道を通るたびに「カツ、カツ」と足音が聞こえる。そして、誰かが後ろにいるような気配がするのだ。
鍵はまだ手元にあるが、それがどの扉を開けるものなのか、確かめる気にはなれない。
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