大学に通っていた頃、アルバイトが終わるといつも遅い時間に帰宅していた。最寄り駅から家までの帰り道は、表通りを通れば少し遠回りになるが明るく、裏道を使えば早く帰れるが街灯もまばらで暗かった。
その日も疲れていたこともあって、裏道を通ることにした。真冬の冷たい空気が頬を刺し、吐く息が白くなるほど寒かった。道はひっそりと静まり返り、足音だけが響いていた。
途中、何かを引きずるような音が聞こえた。「ゴトゴト、キィ」という低い音だ。最初は風で何かが動いているのかと思ったが、音は規則的で、だんだん近づいてくる。
路地の曲がり角で、その音の正体を見た。
薄暗い街灯の下、誰かが手押し車を押していた。年配の女性のように見えるが、こちらに背を向けているため顔は見えない。車輪が錆びているのか、押すたびに「キィ」と音を立てている。こんな夜中に手押し車を押している姿は不自然で、思わず足を止めてしまった。
次の瞬間、彼女がゆっくりと振り返った。
だが、顔は暗がりに隠れて見えない。ただ、手押し車の上に載せられたものが、妙に白っぽく光っているのが分かった。それが何なのか確認する勇気はなく、私はそっと道を引き返した。
家に帰ってからも、その女性と手押し車の姿が頭から離れなかった。友人に話しても「田舎だから変な人もいるよ」と笑い飛ばされるだけで、気のせいだろうと自分を納得させた。
しかし、数日後の夜、再び裏道を通ることになった。その時はすっかり忘れていたのだが、例の曲がり角に差し掛かった瞬間、またあの「ゴトゴト、キィ」という音が聞こえてきた。
同じ手押し車が、今度は反対方向から私に向かってきていた。今度も女性の顔は見えない。ただ、手押し車の上には、何か大きな白い袋のようなものが載せられている。
足がすくみ、その場から動けなかった。女性は無言のまま手押し車を押し、すれ違う瞬間にこう囁いた。
「持っていってくれる?」
顔を見る勇気はなく、私は全力でその場を駆け出した。
翌朝、新聞でその裏道の近くに捨てられていた大きな袋のニュースを見た。その中から人の骨が見つかったらしい。
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