公衆電話

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あれは高校2年生の冬のことだった。部活の帰りが遅くなり、駅から家まで歩いて帰る途中だった。田舎の夜道は街灯も少なく、吐く息が白く浮かぶ静かな夜。周囲は人気がなく、少し不安になりながら歩いていた。

道沿いに、古びた公衆電話が一台だけポツンと立っているのが見えた。緑色のボックス型で、電話の周りには枯れ葉が吹き溜まっていた。こんな時間に誰が使うんだろうと不思議に思ったが、ふと電話の中に人影が見えた。

中にいるのは、私より少し年上くらいの男性だった。黒いコートを着て、じっと受話器を握っている。電話をかけているようだが、声は聞こえない。話している様子もない。ただじっと耳に当てているだけだった。

妙な違和感を覚えながらも、私はそのまま通り過ぎようとした。しかし、ボックスを横切る瞬間、視線を感じて思わずそちらを見た。

男性と目が合った。

一瞬だったが、彼の顔は真っ白で、無表情なのにどこか苦しそうに見えた。その目がじっとこちらを見つめていたのを、今でも覚えている。

家に帰り、なんとなく気味が悪くて母に話してみた。すると、母は妙な顔をして言った。

「その公衆電話、まだあるの? ずいぶん前に使えなくなったって聞いたけど」

聞けば、数年前にあの電話は撤去される予定だったらしい。田舎で利用者が少なく、維持する意味がないと判断されたという。とはいえ、工事が進んでいないだけかもしれない。そんなふうに自分を納得させ、その夜は布団に潜り込んだ。

だが、それから数日後、学校からの帰り道に同じ道を通った時、あの公衆電話を再び見た。夜とは違い、昼間の光の中では、電話ボックスはさらに古びていて、ガラスも曇っている。

気になって近づいてみると、中は空っぽだった。受話器は外れたままで、コードが切れている。それなのに、なぜか受話器の下には、まだ誰かが握ったかのような手の跡が薄く残っていた。

その晩、家にいると突然電話が鳴った。こんな時間に誰だろうと受話器を取ると、途切れ途切れのノイズが聞こえた。そして、その合間から低い声でこう囁くのが聞こえた。

「――電話――取って……」

ゾッとした。咄嗟に電話を切り、その後は耳を塞いで震えた。どうしても眠れず、夜中に布団から出ると、窓の外に何かが見えた。

家の前の路地に、あの公衆電話が立っていた。中には黒いコートの男が立っていて、受話器をこちらに向けている。

その後、あの公衆電話を見ることはなくなったが、夜になると時々、電話が鳴ることがある。今でも、受話器を取る勇気はないままだ。

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